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「可愛いね、待ち合わせ?」
「俺らと遊ぼうよ」

・・・またこれだ。
顔を伏せてなるべく誰とも目を合わせないようにしていても、なぜかこの容姿は目立ってしまうらしい。今日が楽しみで浮かれまくっていたわたしは、流石に早く着きすぎてしまったようだ。こんなことになるなら、時間ギリギリに来ればよかったかも。
・・・いや、でも。
早く諏訪に会いたかったんだもん。


「悪い、待たせた」

そのハスキーボイスに顔を上げれば、肩で大きく息をした諏訪が、切羽詰まった表情でわたしの手を取った。わたしを囲んでいた男の人たちなんてまるで目に入らないかのように、繋いだわたしの手を勢いよく引いて自分の隣にぴったりと体を寄せる。男たちは後ろで何かを言っているけれど、諏訪は何も返さずわたしの手を繋いだまま黙って人混みの中を進んでいく。その頼もしい背中を見つめながら、諏訪の手のひらをほんの少しだけ握り返してみた。
やっぱり、諏訪はわたしのヒーローだ。


「・・・悪かった」
「え?」
「こーなんのわかってたから、早く家出ようとしたんだけど、忘れ物して・・・」
「ううん。わたしが早く着きすぎただけだよ」

眉間に皺を寄せながらがしがしと乱暴に頭をかいた諏訪が、バツが悪いとでも言いたげにそっぽを向いてしまう。諏訪は謝るけれど、今だってまだ集合時間よりずっと前だ。浮かれたわたしが早く着きすぎたのがそもそも悪いのだから、諏訪が謝る必要なんてまったくないのに。

半歩前でわたしの手を力強く引いてくれる、諏訪と繋いだ手から熱が広がっていく。温かくて大きな手にすっぽりと包まれたわたしは、安心と、どきどきと。半分ずつにしたような気持ちで街を歩く。顔を上げれば、諏訪の痛んで鈍く光る金髪が、晴天の下できらきらと眩しい。

大通りから一本奥に入り人混みも落ち着いてきた頃、諏訪がふいに繋いだ手を離した。それが寂しいと思ってしまうくらい、わたしは諏訪に甘やかされて、どんどん欲張りになってしまっている。

「・・・悪い、手。嫌だったよな」
「ううん。助けてくれてありがとう」

真っ直ぐに目を見てお礼を伝えると、諏訪は照れくささを隠すようにちょっと怒ったような顔をする。真正面から感謝を伝えると、諏訪はいつもこんな感じになるのが、思春期の男の子みたいでちょっと可愛い。今もやっぱり予想通りの表情をした諏訪が、おー、と照れ隠しに曖昧に返事をした。

「行きたい店決まってんのか?」
「うん。何軒かあるけどいい?」
「いーよ」

わたしが久しぶりにスカートを履いていること、諏訪はなんにも言わない。友人が選んでくれたこのロング丈のタイトスカートが、驚くほどわたしにしっくりときているからかもしれない。
諏訪の前でスカートを履くのは、大学に入学した頃が最後だった気がする。サークルの勧誘や講義の合間、しまいにはバイト先まで。あの頃やけに声をかけられることが増えてしまったわたしは、何もかもに嫌気がさして、少しでも目立たないようにするためにと、長かった髪をばっさりと切り、服もシンプルでボーイッシュなものばかりを選ぶようになった。
変わっていくわたしの姿を隣で見ていた諏訪が、なぜか申し訳なさそうにしていたことを今も忘れられない。


▽▲▽



着いた先、女性らしい雑貨屋さんに不釣り合いな諏訪に思わず笑ってしまう。可愛らしい食器やインテリア、スキンケア用品なんかに囲まれた諏訪がわかりやすく居心地悪そうにしている。口元を引き結んで上がる口角を抑えていたわたしに気づいた諏訪が、気まずそうな顔で後をついてくるのがちょっと可愛い。

「食器か?」
「うん。ちょっと良いやつ。おばあちゃん料理好きだし、食器なら諏訪の家族も楽しめるでしょう?」

そう言えば、諏訪はそうだなあ、と間延びした声で返事をする。食器なら、何枚あっても楽しめるし、おばあちゃんがこの器に合わせて季節の料理を作ってくれたら嬉しいなあ。なんて考えながらあれこれ物色し、うんうん唸って悩むわたしを、諏訪は静かに隣で見守ってくれている。

「決めた!これにする!」
「おー」
「待たせてごめんね、買ってくる!」

ようやく選んだ一皿を、わたしはレジまで持って行った。ラッピングを頼むと、可愛らしい店員さんがリボンの色を聞いてくれる。サンプルを見れば10色ほども選択肢があったので、困ったわたしはふらふらと店内を見て回っていた諏訪を呼んで、手招きをした。

「ねえ諏訪、おばあちゃん何色が好きなの?」
「は?知らねー」

諏訪がぽかんと口を開ける。考えたこともなかった、なんて今にも言い出しそうな表情だ。

「ええ!?一緒に住んでるのに!?」
「じゃあお前の好きな水色にしろよ」

諏訪はわたしの問いかけにちょっとバツが悪そうにして、はぐらかすようにわたしの好きな色を指差す。うーん、まあ、確かに。水色なら当たり障りなくていいかなあ。顎に手を当てて真剣に悩み、結局諏訪の言う通り水色のリボンをお願いすることに決めた。

「彼のおばあさんにプレゼントなんですか?」
「え、あ、えっと、」

ラッピングをしながら、店員のお姉さんがにこにことわたしに問いかけた。
・・・その彼って、彼氏って意味、ですかね?・・・だとしたら、違うんです。
でも、諏訪の目の前でそんなふうに否定するのは、ちょっと嫌だなあ。まごまごと口籠るわたしに温かな微笑みを向けた店員さんが、隣に並ぶ諏訪に、そのまま同じ視線を移した。

「素敵な彼女さんですね」

ぎくりと肩を上げて隣の諏訪を見上げた。諏訪は店員さんから目を逸らさず、確かにはっきりと「はい」と返事をした。





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