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「ごめんね」
「気にすんな。ちゃんと寝ろ」

すぐに返ってきたメッセージを確認し、スマホを胸元で握りしめる。

・・・やってしまった。
わたしのばか。あほ。まぬけ。せっかく諏訪とお出かけの日に、なんで風邪なんて引いてしまったんだろう。体力が無いせいか風邪を引くことはしょっちゅうだけど、なにも、この日じゃなくたっていいのに。

カーテンの隙間から覗く光が眩しくて、窓に背を向けるように寝返りを打つ。外は憎らしいほどに晴天だ。まさに、お出かけ日和。
・・・それなのに。
一人でベッドの中に小さく丸まっていると、どうしても気持ちが塞いでしまう。今頃、諏訪と一緒に街に出て、あれこれプレゼントを選んでいたのかなあ。なんて思えば、悲しくて、悔しくて。熱のせいで心が弱っているのだろうか、じわりと涙が滲む。

だめだ。こんな気持ちになるのはきっと、風邪のせいだからだ。小さく頭を振って、なにか他のことを考えようと、どことなく部屋の中へ目線を向けた。ふと目に留まったのは、ハンガーラックにかけた新品のスカートで。結局、同じところに考えは行き着いてしまった。この日のために友人に選んでもらったスカートが、お披露目の場を失い、なんだかしゅんとして寂しそうに見える。
テーブルに置いてある限定品の新しいリップだって、この日のために予約したものだった。ずっとずっと、今日が来るのを楽しみにしていたのに。

・・・だけどもう、どうこう言っても仕方ないのだ。今日はなしになってしまったし、こんな熱じゃ諏訪に会うこともできない。とにかく今は、たくさん寝て早く治さなきゃ。せめて来週の授業では、諏訪に会いたい。
無理やり前向きに物事を考えて目を瞑った途端、枕元のスマホが通知を伝えた。熱でぼんやりとする意識の中でロック画面を見れば、表示された名前とそのメッセージに、さっき堪えたはずの涙で視界が霞んでしまう。

「食えそうなもん買ってきて、ドアノブにかけといた」
「体調落ち着いてきたら食え」
「なんか困ったらすぐ連絡しろ」

トーク画面にぽんぽんと、わたしの胸をいっぱいにさせるメッセージが続く。スマホを握りしめ、いよいよ溢れてくる涙を止めることができなかった。忙しい諏訪に時間をもらえて、でもそれを無駄にしてしまって。それでも諏訪は責めることなんてせず、わたしをただただ気遣う優しさばかりが、飾り気のない文章から伝わってくる。恋人でも、家族でもない。ただの友達の一人なのに。たかが風邪一つでわたしをこんなに心配して、甘やかしてくれる人がいる。それはなんと幸せなことだろう。

なんか困ったらすぐ連絡しろ。その一文を何度も目で追う。これはきっと、何か欲しいものがあったり、本当に体調が悪い時に連絡しろって意味だってわかっている。わたしは今、困っているわけじゃない。だからこれは、ただのわたしのわがままだ。諏訪の大切な休日を、わたしのせいで無駄にしてしまった申し訳なさだって十分にある。
それでも。どうしても諏訪の声が聞きたい。
何か言われたら、熱のせいにしよう。ずるいわたしは少しの間躊躇って、覚悟を決めて通話のボタンを押した。

「・・・諏訪?」
「名前、大丈夫か?」
「うん。今日、だめになっちゃってごめんね」

今日初めて言葉を発したわたしの声は、風邪のせいか掠れていた。電話の向こうではきっと、がらがらと聞き苦しいわたしの声に、諏訪が静かに耳を傾けているんだろう。

「諏訪、」
「ん?」
「今日のこと、わたしすごく楽しみにしてて」

げほ、と咳き込みながらも言葉を紡ぐわたしを、諏訪は遮ることをせず、静かに待っていてくれる。この沈黙ですら、諏訪の温かな優しさを感じてしまう。この電話の向こうで、諏訪はきっと、穏やかな顔で目を細めているのだろう。

「わかってるよ。だから、早く治せよ」
「うん」
「そしたらまた、一緒に出掛けよーぜ」
「・・・うん」

甘ったるいくらいに優しい諏訪の声が耳に残る。きっと電話口で、あの真っ直ぐな目は優しく弧を描いている。

諏訪のことが、大好きだ。
ずっとずっと好きだった。
熱のせいにして、そう言ってしまいたくなった。





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