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「なあ、最近、名前がどんどん可愛くなってねえか」
「「「・・・・・・」」」

風間が箸で器用に持ち上げていた冷奴を、ぽとりと取り皿の上に落とした。レイジは飲んでいたビールを気管に詰まらせたのか、げほげほと大きく咳をする。諏訪はジョッキを掴んだまま、ぼんやりと手元に視線を落とす。あれ、さっきまで何の話してたんだっけ。

「好きなヤツでも出来たのか?」

一瞬で空間をフリーズさせた諏訪は、とどめを刺すようにそう言った。
「お前のためだろうが」と今にも口から出してしまいそうな様子の風間が、大きな瞳を見開き、精一杯口元を引き結んで諏訪を見つめている。レイジはようやく咳がおさまったようで、咽せた際に目尻に溜まった涙を指で拭っていた。
そんなに飲んでいたようにも見えないが、今日は酒が回っているのだろうか。ほんのりと顔を赤くさせた諏訪が、思い詰めたような表情をしてジョッキを傾けている。誰も何も言葉を発しないことなんて気にもせず、肩を落とし、自分の世界に浸っているかのようだ。

「おい、おめーら。なんか言えよ」

さすがに長すぎた沈黙に、諏訪が俺たちに順番に視線を向けた。
・・・勘弁してくれ。俺らにそんなことを聞くな。
俺には無理だ。パス、という意味を込めてレイジに視線を向ければ、レイジは無表情のまま小さく首を振る。ああ、お前もか。風間は、と次に視線を向ければ、もうすでに出来上がり始めの風間が、諏訪を鋭い視線を持ってじろりと見上げた。・・・おい、やめてくれ。酔った風間はタチが悪い。それでなくても普段から口喧嘩の多いこの二人のことだ。口論の末、何もかもをぶちまけても何の不思議もない。向かいのレイジを盗み見れば、ヤツも祈るような表情で風間を見つめていた。

「お前はやはりバカだな。それに間抜けで鈍感で人の心がわからないどうしようもない野郎だ」
「あぁ!?今そんな話してねーだろ!喧嘩売ってんのか!?」
「お前なんかと喧嘩する価値もない」

うわあ、風間、ふっかけたなあ。俺たちの祈りも虚しく、風間はふん、と鼻息を荒くして、ジョッキに手をかける。見下すように顎を上げ、諏訪に冷たい視線を向けながらぐいっとジョッキを傾けた。おいおいおい、お前酒弱いんだから、あんま飲み過ぎるなよ。これ以上余計なことを言って場を荒らすな。

「レイジと雷蔵はなんか知ってんのかよ?」

ハラハラとしながら二人を見守っていた俺たちに矛先は向いた。レイジもレイジでバカ正直なヤツだから、何かの拍子に全てをぶちまけてしまいそうで恐ろしい。こういう時、空気を読めるやつは俺らの間にいないらしい。

「俺は何も。レイジは?」
「ああ、俺もだ」
「・・・そうか」

レイジの返答に、ほっと胸を撫で下ろす。
肩を落とす諏訪に何も言ってやれないもどかしさを感じながらも、友達である名前の気持ちを勝手に話すことは出来ない。それはきっと、諏訪に対する態度はそれぞれな俺たちにも、共通した思いなのだろう。

高三の時、同じクラスだった諏訪が、いつの間か学校で一番の美人と友達になっていた。照れくさそうに名前と本の貸し借りをする諏訪を見た時は、こっちが小っ恥ずかしくなったくらいだ。
そのうち諏訪に名前を紹介され、いつの間にか帰りにハンバーガーを食いに行ったりする仲になった。俺ら三人にとっちゃ名前はのほほんとして危なっかしい妹みたいなもんだが、諏訪にとっては違う。
名前を守ろうと近くのアパートをそれとなく勧めたり、面白そうな小説を名前のために必死で探したり、名前が長い髪をばっさりと切った時、力になれなかったことを悔いているようだった。
あいつにとって名前はずっと、好きなやつなんだ。

「あーくそ、これ以上可愛くなったら困る」

ドン、と勢いよくジョッキをテーブルに置いて、諏訪はむしゃむしゃと冷めた唐揚げに手をつけた。すまん、お前がもんもんと悩んでいる間に、多分俺が八割くらいは食っちまった。心の中で懺悔して、ようやく落ち着いてきたであろう諏訪のために何か新しく注文しようとタブレットを手に取れば、視界の端でゆらゆらと風間が揺れている。これは、酔っている。

「ふん、お前みたいな意気地なし、さっさと告白して玉砕してしまえ」
「なんだと!?」

今にも取っ組み合いが始まりそうな居酒屋の半個室で、俺は風間を、レイジは諏訪を必死に止めにかかった。今夜も長くなりそうだと、静かにレイジと目配せをした。




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