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もしや、あの金髪は。
猫背ぎみに少し丸まるその背中を追いかけて、少し離れたところからその横顔を盗み見る。やっぱり、諏訪だ。ちょっとくたびれた様子の諏訪が、まぶたを重そうにしてポケットに手をつっこんで歩いている。

「諏訪?」
「・・・よぉ」

あ。諏訪、髪下ろしてる。ということは、今日はもうお風呂入ったのかな。いつもはワックスで整えた髪型と目つきの悪さでちょっと柄の悪く見える諏訪が、今は少し幼く見えて可愛い。いいもの見れたなあ。きっとバイト頑張ったご褒美だ。むふふ、と緩む口元をそのままに諏訪を見つめていれば、その視線に気づいた諏訪が、視線の先を追って自分の下りた髪を照れくさそうにがしがしと掻いた。

「さっき風呂入ったんだよ」
「ふうん」
「てめー、何笑ってんだ」

にやついた目元は中々元に戻らない。だって、可愛いんだもん。高校の時だっていつもセットしてたからめずらしくて。しっかり目に焼き付けておかないと。相変わらず緩んだ表情のままのわたしの視線から逃げるように、諏訪は明後日の方を向きながら問う。

「どこ行くんだ?」
「スーパーだよ。諏訪は?」
「俺はコンビニ」
「じゃああの角でバイバイだね」

ああ、今日も良い一日になった。こうして一目諏訪に会えたのだから。それだけで、取るに足りないわたしの一日は最高の一日になる。
浮かれきった顔のまま、じゃあ、と小さく手を振れば、そんなをわたしを諏訪が難しい表情をしてじっと見つめている。
・・・な、なんだろう。諏訪、なんか言いづらそうにしているけど。・・・待って、まさかわたし、口に出してた?

「ど、どうしたの?」
「・・・なあ、スーパー、俺もついてっていいか?」
「え?いいけど・・・」

ああ、良かった。心の声は漏れてなかったみたい。でも諏訪、お風呂上がりだし、買い物してすぐ帰る予定だったんじゃないの。それなのに、いいのかなあ。そんなことを思いながら上目遣いで諏訪の表情を窺えば、今日の夜空に浮かぶ三日月と同じよう、柔らかく弧を描いた目でわたしを見つめている。どきどきと心臓がうるさい。諏訪のこの優しい目に見つめられると、どうしていいかわからなくなる。



▽▲▽



スーパーにつきカゴを手に取れば、わたしの手から諏訪がすぐにそれを奪う。「この方がお前、選びやすいだろ」なんて当たり前のように言って、わたしの半歩後ろをついてくる。わたしは諏訪に甘え、選んだ食材を諏訪の持つカゴに入れる。・・・なんだかこれ、新婚さんみたいだ。そう気づけば、くすぐったい気持ちになり不自然なほど身体がぎくしゃくとしてしまう。・・・だ、だめだ。こんなこと考えてるの、きっとわたしだけだ。

「野菜も食えよ」
「お母さんみたいなこと言わないで」
「ははは」

揶揄ってくる諏訪を睨めば、全く怖くないとでも言いたげにからからと笑う。

高三の冬。父の県外への異動が決まり、両親は春になると同時に他県へと引っ越していった。両親は三門市からわたしも一緒に出ていくことを望んでいたようだったけれど、わたしはこの町が結構好きで、既に大学進学が決まっていたこともあり、ここに一人で残ることを決めたのだった。

お母さんと物件の内見に行き、最後に二つの物件で悩んだ時、「俺が近くにいれば、助けてやれることもあるだろ」と、照れくさそうに相談に乗ってくれた諏訪のことを今でも覚えている。わたしはその一言が後押しとなり、諏訪の家の近くのアパートに引っ越すことを決めたのだ。あの一言のおかげで、こうして今も、なんでもない日に偶然諏訪と会える距離にいられる。諏訪の優しさに甘えていることは十分わかっているけれど、それでもやっぱり、幸せだ。

「おめーはラーメン食ってるとこしか思い出せねーんだよ」
「たまにはちゃんと自炊もしてるよ!」
「ふうん」
「あ!疑ってる!」

唇を尖らせ、諏訪の持つカゴに洗わずに食べれるサラダを入れれば、諏訪が息を殺すように小さく笑っているのがわかる。
・・・だって、前にレタスを一つ買った時、芋虫が入ってたんだもん。言い訳がましくそう言えば、諏訪はまたくつくつと笑い出す。笑われてばかりで悔しいはずなのに、それよりもやっぱり嬉しさが勝ってしまう。諏訪がこんな風に笑ってくれるなら、揶揄われて笑われるのも悪くないと思ってしまうのは、惚れた弱みってやつなのだろうか。

「あ、ビール買わなきゃ」
「いいな。俺も買ってくかな」
「わたしが奢るよ!カゴ持ってくれてるお礼に」
「まじ?」
「まじ」

いつもよりちょっと良いプレミアムなビールをカゴに2本入れる。わたしならきっと重く感じてしまいそうなカゴも、諏訪が持つと重さなんてまるで見て取れない。ああ、諏訪も男の人なんだなあ、と小さいことだけど改めて思う。

「・・・あのさ、もう一個お礼が欲しいんだけど」
「うん、いいよ。でもあんまり高いものは買えないよ?」

財布にいくら入ってたっけ?そう記憶を思い起こしながらちょっぴり不安な気持ちになっていれば、諏訪がふるふると首を振る。

「公園で飲んでから帰ろーぜ」

いたずらっ子のような顔で口角を上げる諏訪に、つられてわたしまで笑顔になってしまう。こんなの、わたしばっかり得してる。一体何が諏訪へのお礼になっているんだろう。

「ふふ。諏訪んちの近くのアパートにして良かったぁ」
「・・・そうかい」
「うん。一人暮らしだけど、こうやって偶然諏訪に会えたりするし。全然寂しくないや」
「あー・・・、お前って変なとこ素直だよなあ」

優しい声色の諏訪を見上げれば、困ったように眉を下げ、わたしを見つめている。
素直だなんて、全然そんなことない。わたしが素直だったら、きっととっくに諏訪に好きって伝えられているはずだ。わたしはいつまでもこの関係に、諏訪の優しさに甘えているだけだ。だけど可愛くなって自分に自信が持てたら、その時は素直にこの気持ちを伝えたい。

「ねえ、おつまみはどうする?」
「あーくそ、もう一周しねえとな」

めんどくさそうに言う割に、見上げた諏訪は楽しそうに笑っていた。




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