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「ねえお姉さん。めっちゃ可愛いねー」
「飲み行こうよー」

大学からの帰り道、前を塞ぐ男性二人と目を合わせないように俯いて歩く。右に避ければ右に、左に避ければ左に、二人はわたしの前に立ち道を塞ぐ。
みんなと同じように、ただ普通に歩いているだけなのに。何事もなく、ただ静かに毎日を過ごしたいだけなのに。どうしていつもこうなっちゃうんだろう。考えている間にも、そんなことお構いなしに男たちはヘラヘラ付き纏ってくる。・・・しつこい。こんなにリアクションのないわたしを前に、どうしてそんなにヘラヘラしていられるんだろう。ああもう、いらいらしてきた。あんたちからもらう「可愛い」なんて、全然嬉しくない!
苛立ちながらその場から逃げるように早歩きをすれば、次に二人はわたしを挟むようにぴたりと左右に立った。
・・・・・・走るか。
フラットパンプスで地面を踏み込んだところで、プッと短いクラクションが鳴る。

「迎えにきたぞ」

ハザードを出して路肩に停まった車の運転席から、早く来いとレイジが手招きをする。わたしはその隙に二人の間をさっと抜け、飛び出すように走り出した。そういえば、高校時代レイジに唯一褒められたのは、足の速さだけだった気がする。まさかこんなところで役に立つとは。勢いよく助手席のドアを開け、滑り込むように車に乗り込んだ。唖然とする二人をその場に置き去りにして、レイジはスムーズに車を発進させる。

「レイジ、助けてくれてありがとう」
「お前も大変だな」
「あはは・・・」

何と返せば良いかわからず乾いた笑いで誤魔化せば、レイジはやれやれとでも言いたげに眉を八の字に下げた。背が高く、鍛え上げた筋肉が見て取れるレイジは迫力があるからか、あの二人も強く出てくることはなく、サイドミラーを見ればその場に固まって動かないままでいる。・・・助かった。レイジの筋肉に感謝しないと。

「レイジに会うの、久しぶりだなあ」
「ああ、確かにそうだな」
「同じキャンパスにいるのにね」

久しぶりのレイジとの再会が、まさかこんな場面でだなんて。安心してきたところで、あんな場面を側から見られていたことが今更恥ずかしく、自分だけが少し気まずい。流れていく景色を目で追っていれば、わたしのそんな様子を察することもなく、どうでも良さそうなトーンでレイジが話し出す。

「今日は諏訪は一緒じゃないのか?」
「へ?・・・うん」

同じ学部だからそりゃあ一緒にいることも多いけど。だからといって同じ講義ばっかり取ってるわけじゃないし。レイジからのあまりに突拍子もない質問に、なんとも間抜けな声が出てしまった。

「なんでそんなこと聞くの?」

不思議に思ってレイジに問い掛ければ、助手席に座るわたしにちらりと視線を向ける。

「あいつは過保護だから、いよいよお前の送り迎えでもしてるんじゃないかと思ったんだ」

さっきみたいなことも多いだろう、とレイジは言い加える。

「まさかぁー。諏訪もそんなに暇じゃないよ。それに、わたしにそこまで興味ないって」
「・・・・・・」
「え、なに。なんか言ってよ」

どうしてだろう。レイジが何かを憐れむように遠くを見ている気がするのは。
・・・え、わたし、なんか変なこと言った?いや、何も言ってない気がする。諏訪がわたしの送り迎えを始める方が、もっとおかしいと思うんだけど。
レイジからの返事を静かに待っていたけれど、レイジは何も言わず、前を見つめてハンドルを切るだけだ。この話はもう終わり、ということなんだろう。うーん、なんだか腑に落ちない。

「あ、あそこのラーメン屋さん並んでるね。美味しいのかなぁ。・・・お腹へったなあ」
「飯でも行くか?」
「いいの!?じゃあレイジの好きなラーメン屋さん、久しぶりに行きたい!」
「ああ、あそこか」

ナビも見ず、帰宅時間で混み合った道路をレイジはすいすいと運転していく。頼もしいなあ、と思いながら車の揺れに身を任せ、窓の外に流れていく街並みを見つめる。そういえば、レイジと二人きりって、なかなかない気がする。こんな時じゃなければ聞けなそうだから、こっそりレイジにあのことを聞いてみようか。

「あのさ、レイジ」
「なんだ?」
「諏訪って、レイジの前で煙草吸う?」
「ああ。普通に吸うぞ」

・・・ああ、やっぱり。わたしの前だけなんだ。薄々気づいていたとはいえ、はっきり分かってしまうのは、やっぱりへこむ。

「なんでそんなことを聞くんだ」
「・・・諏訪、わたしの前だと絶対煙草吸わないから」

それが、線引きされてるみたいに感じて、寂しくて。
消え入りそうな言葉をなんとか最後まで聞き取ったであろうレイジが、ふ、と息を漏らすように笑う。

「なんだお前、覚えてないのか。諏訪がお前の前で煙草を吸わないのは、前にお前が咽せたことがあったからだ」
「・・・・・・」

お、覚えてない。それいつの話?どこでだっけ?記憶をひっくり返して必死に探すけれど、肝心なその思い出は見つからない。わたしにとって、多分それは些細な出来事で。それなのに、諏訪はその一度をずっと気にしてくれてるってこと?

「なにそれ・・・」

胸がぎゅっとなる。なんだかたまらない気持ちになって、隠すように手のひらで自分の顔を覆う。なにそれ、諏訪、そんなこと一言も教えてくれなかったじゃん。わたしがこうなるとわかっていたのか、レイジはしてやったりといった感じで笑い出す。

「お前たちは意外と不器用だよな」
「・・・レイジだって!」

さっさとゆりさんに告白したら!?
仕返しとばかり、赤くなった顔を覆う手のひらの隙間から、恨めかしくレイジを見上げてそう言ってやった。レイジは一瞬で顔から耳までを真っ赤に染めて、赤信号で珍しく雑にブレーキを踏んだ。




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