「お腹いっぱいだわー。名前、次どこ行く?」
「あのね、行きたいところがあるんだけど・・・」
「いいよー。本屋?」
「ううん、デパート」

化粧品、一緒に選んでほしくて。
わたしらしくないお願いをすることが、親しいからこそ照れくさい。高校からの友人に尻すぼみになりながらもそう言えば、友人は全てを察したとばかりに、にやりと口角を上げて頷いた。ああ、ぜったいこれ、理由をわかってる顔だ。

「いいわよ、任せて!」
「ありがとう」

ランチを済ませてお腹いっぱいのわたしたちは、百貨店までの道のりをゆったりと歩く。高校からの友人は、出会ったときからおしゃれで可愛い。照れくさいから今更言えないけれど、わたしは密かにずっと憧れているのだ。

いつもは友人の付き添いで付いて回るだけだった化粧品売り場を改めて見れば、可愛らしいパッケージやパレットの美しい色合いに胸が躍る。今日はわたしも、この中のどれかを買って帰るんだなあ。そう思えば、わたしの中の乙女心がきゅんとする。

「名前の肌ってほんと真っ白よねえ」
「そうかな?」
「羨ましいわぁ。私も引きこもって、カーテン開けなきゃいいのかな」
「ひどい」

言い返そうと友人を睨めば、楽しそうにけたけたと笑っているのでそんな気も削がれてしまう。友人のからりとした裏表のない性格は、本人は嫌がりそうだけど、ちょっと諏訪に似ている。
誰より信頼するこの子がわたしのために選んでくれたものなら、きっとわたしも自信が持てる気がする。

「どういう雰囲気になりたいの?」
「・・・可愛くなりたい」
「それじゃあまずはリップとチークかなー」
「わたしに似合うの、あるかなぁ」
「あるに決まってるでしょ」

自信がなく、俯くわたしの顔をじっと見上げた友人が、再びにやりと口角を上げてこれ見よがしにガッツポーズをする。

「だから任せときなって!諏訪もイチコロにしてみせるから!」
「ちょっと!?」


▽▲▽



買ったばかりのチークをふわりとブラシで頬にのせ、ツヤツヤとしたリップを唇に引けば、それだけでなんだか柔らかくて女性らしい雰囲気になった。メイクの力って、すごいなあ。それに、わたしに似合うとこれを選んでくれた友人も。
感動しながら鏡の中の自分をまるで他人のように見つめる。わたしの元々赤い唇には、色の淡いツヤっとしたグロスがちょうど良い。不健康に白いだけの肌も、なんだか今日は血色が良く健康的に見える。ただメイクを変えただけで、心がふわっと浮き立つような、まるで可愛い女の子に近づけているみたいで胸がときめく。

バイトに行くだけなのに、鏡の中のわたしはなんだか楽しそうで、上がる口角をそのままに家を出た。

とはいっても、バイト先では同じ作業が待っている。品出しをして、荷解き、シュリンクかけ、漫画の新刊に特典を挟んでいたら、あっという間に勤務時間は終わってしまう。わたしは主に会計以外の業務を担当にしてもらっているので、このメイクを誰かに見られるわけじゃない。完全な自己満足。だけど、メイクのおかけでいつものバイトだってこんなにも心が弾んでいる。

バックヤードでご機嫌に作業をしていたら、レジからの呼び出し音で現実に引き戻される。慌てて店内へ出る扉を開けレジ前まで早歩きをして向かえば、最近入ったバイトの女子高生が、困ったように眉毛を八の字にしていた。

「名字さん、お取り寄せの商品の対応をお願いしたいんですけど」
「はい、・・・・・・って、諏訪」
「おつかれ」
「あ、うん」

思いがけず出会した諏訪に、心臓がどきりとする。
・・・だ、大丈夫かな。わたし、今日はいつもと違うメイクをしている。こんなわたしを見て、諏訪は変に思わないだろうか。そんな不安で頭がいっぱいになりながらも、隣のレジをあけ、諏訪をその前に促す。

「注文票はある?」
「あー、これか?」
「うん。お預かりします」
「忙しいのに悪いな。うちのばあちゃんに頼まれてさ」
「ううん。・・・あ、届いてる。すぐ取ってくるね!」

諏訪に可愛いと思って欲しくてメイクを変えたんだから、諏訪に見てもらわなきゃ意味ないのに。不意打ちで初めての姿を見せるのは、やっぱり反応を見るのが怖い。パソコンから目を離さず、諏訪の目を見れないままバックヤードへと下がる。今日届いたばかりのダンボールを開け、予約票と照らし合わせたその本を手に取って再びバックヤードを出れば、どきどきと嫌に心臓がうるさい。それでも、大好きな友達がわたしのために選んでくれたものだから、きっと大丈夫。そう自分を勇気づけて、レジで待つ諏訪の前に立つ。

「お待たせしました」
「面倒かけて悪いな」
「ううん。在庫切らしちゃってごめんね」

商品をスキャンするわたしを、諏訪がじいっと観察するように見つめている気配がする。その視線が気になって、我慢できずに諏訪を見つめ返せば、諏訪はふいっと目を逸らし、わたしの手元の本に目線を落とした。

「おめーが煮物喜んでたって伝えたら、ばあちゃん喜んでたぞ」
「ほんと?また作ってくれるかなあ」
「多分、そのためのこれ」

諏訪は財布からお金を出しながら、わたしがビニール袋に入れている本を指でさす。ああ、ほんとにそうだったら嬉しいなあ。おばあちゃんの優しさに、ゆるゆると口元が緩む。そんなわたしを、諏訪はなんだか真剣な顔で見つめている。

「・・・ところで、お前さ、」
「ん?」

おつりとレシートを渡せば、何かを言いかけたままの諏訪は本の入ったビニール袋を手に取った。
ああ、諏訪が帰ってしまう。

「あー、いや、まぁいいや。んじゃ、また来週の授業で」
「うん」

ありがとうございました。
言いかけた言葉の続きを聞くことも出来ず、去っていく後ろ姿に声をかけた。不意に会えたことがあんなに嬉しかったはずなのに、今はもう、来週まで諏訪と会えないことが寂しくて仕方ない。

建前やちゃんとした理由がなくたって、諏訪に会いたい。
会いたいという理由だけで諏訪に会うために、わたしは何ができるだろう。





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