「灰原、変わってくれない?」
「それはできないよ、任務だもん。大丈夫、二人は仲良しなんだからさ」
「・・・どこをどう見たらそうなるの」
「僕にはわかってるよ」

ふふん、と灰原は得意げに胸を張った。灰原と二人だったら、前の晩からあんなに悩まずに済んだのに。おかげで昨日はほとんど眠れなかった。がっくりと項垂れるわたしの肩を、バカ力の灰原が思い切り叩く。いたい。任務前に脱臼でもしたらどうしてくれる。やり返してやろうと腕を振り上げれば、「あ!迎えがきたよ!」と灰原がぶんぶんとちぎれんばかりに手を振っている。「なーなみー!」灰原の気の抜けた呼びかけに振り返れば、わたしと同じで死んだ魚の目をした七海が立っていた。

ほら、どこをどう見たら仲良しに見えるんだ。

わたしの顔には間違いなくこう書いてあるだろう。灰原はそんなわたしに有無を言わさず、いつもの人好きのする笑顔でにこにこと笑った。そうして「いってらっしゃい!」と力強くわたしたちの背中を押した。





スタスタと長い足で神社の石段を上っていく七海の背中を追いかける。もう長い間参拝客のないであろう石段は、倒れた木の枝や積もった落ち葉でいっぱいで、一段踏むのにも精一杯だ。踏みしめた瞬間、虫でも飛び出してくるんじゃないかとドキドキする。呪霊じゃなくて足元の小さな虫にびくびくしているなんて、なんだか変な話だなあ。
神社の古い石段は、一段一段結構な高さがあって、でこぼことして足場が悪い。足元を見つめて大きく息を吐く。あと何段くらいあるんだろう。昨日眠れなかったせいか、それともこのじめじめとした暑さのせいか、気を抜けばくらくらとめまいがした。
仄暗く不気味な参道は、風が吹くたびにざわざわと、うるさいくらいに葉が音を立てている。

「大丈夫ですか?」

ゆっくりと顔を上げたら、目の前に七海が立っていた。

「あ、うん」
「私が祓ってきましょうか」
「大丈夫、すぐ追いつくから、先に上行ってて」

自分でもちょっとつっけんどんだったかな、と思うけど、普段から七海に甘えるわけでもないし、これぐらいの言い方、七海からしてもきっといつも通りだろう。足元がゆらゆらと揺れている。帰って寝たら、きっとこのめまいも治まるはずだ。だって余計な心配、七海にかけたって仕方ない。
はあ、とまた、七海の大きなため息が聞こえる。見なくてもわかる、めんどくさそうな顔をしているはずだ。

「ほら」

七海の迷惑そうな顔を見るのが怖くて、おずおずと視線を上げれば、あろうことか七海はわたしに向かって手を差し伸べていた。どういう意味かわかりかねてその手を見つめていれば、もう一度、七海はわたしに向かってずいと手を差し出す。・・・これは、手を取っていいってことなのだろうか。
言葉で聞けず、七海の表情からこの手の意味を汲み取ろうと試みる。いつも通り、寄った眉間の皺からは、何も察することができない。ええい、なるようになれ、と恐る恐るその手を掴めば、わたしの体を引き上げるように、七海がぐいと手を引いた。
・・・正解したみたい。
七海はわたしの手を力強く引きながら、ゆっくりと石段を上ってくれる。


『私とでは嫌でしたか』
「え?」


ぽつりと、前からそんな声が聞こえてきた。
唐突すぎる質問に、意図が分からず聞き返す。聞き間違いじゃなければ、七海は自分と一緒なのが嫌かどうか聞いた気がする。・・・むしろ、七海の方が嫌がってると思ってた。七海、わたしといるといつもため息ついてるし、すぐ小言言うし。何より、わたしは七海より弱くて、足手まといになるから。わたしじゃ七海の役に立てない。

「別に。・・・どうしてそんなこと聞くの?」

七海は振り返り、一段上から言いあぐねるようにじっとわたしを見つめる。これから口に出す言葉を慎重に選んでいる、そんなふうに見えた。

「出発前、散々ごねているように見えたので」
「ああ・・・」

聞かれてた。
なんと言い訳をしようかと必死で考えていたら、七海が言葉を続けた。

「灰原との方が良かったんじゃないですか」
「ええ?任務だし、選べないでしょ」
「そういうことを言ってるんじゃない」

そういうことって、どういうことだろう。
七海はわたしの返事に全然納得していないみたいだ。そりゃ、灰原との方が間違いなく気楽だったとは思うけど。今はそんなこと言える雰囲気じゃないし。どこまで正直に心の内を話せば、七海は納得してくれるだろう。

「・・・正直に言うと、わたしじゃ足手まといになるから。七海に申し訳ないと思って」
「そんなこと、」
「あ、だから邪魔になったら助けたりしなくて大丈夫だよ。勝手にどっか隠れるし!」

七海と違って、わたしには大した術式なんてない。非術師の家系に生まれて、見えすぎるせいで普通の生活を送れなくなってしまったわたしは、両親の勧めもあって高専に入学することになった。わたしは多分、恐いのだ。七海に真っ向から否定されることが。わたしなんていらないとはっきりと言われてしまうことが。

「私がそんな冷たい人間だと思っているんですか?」
「うん」
「はあ、」

七海はまた、ため息をつく。

「アナタのこと、足手まといだなんて思っていません。置いていくなんて、絶対にしませんよ」

ぎゅうと、わたしの手を握る七海の力が強くなった。
その理由を少しでも知りたくて、七海の青い瞳を見つめる。

「まあ、普段はうるさくてバカばっかりやるし、隙がありすぎて五条さんからあんな風にからかわれたりして腹が立ったりもしますが」

ああ、また七海の小言が始まった。だけどどうしてだろう。いつもはうっとおしいだけのそれが、心地よく聞こえてしまうのは。どうしてだろう。七海の本音をもっと聞いてみたいなんて思い始めているのは。
いたずら心で七海の低体温の手のひらを握り返してみた。驚いた顔の七海が、勢いよく顔を上げる。

「何笑ってるんです」
「なんにも」











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