7 そのうちこういう日も来るとは思っていたけど。 ・・・思ってたけど。 いざとなると、こんなにも気が重い。 ≫ 高専の通用口に車をつけ、カーナビに目的地の住所を入力する。ここから一時間くらい行った先の、山奥の廃ホテルが本日の目的地であった。動画サイトをきっかけに、若者たちの間で心霊スポットとして徐々に有名になり、先日ついに行方不明者を出したという。 午後から降り出した雨は止みそうになく、ワイパーの意味なんてほとんどないぐらいに強い雨が降っている。 雨粒の隙間からぼんやりと鈍い色の空を見上げていたら、車の窓をノックする音がした。 「お待たせしました」 「・・・・・・」 いや、後ろ乗れよ。 「どうしたんです?さあ、行きましょう」 残業なんて死んでもごめんです、と言って七海はスーツについた雨粒をハンカチで丁寧に拭いている。・・・あれ。わたしがおかしいのかな?なんで当たり前のようにこいつは助手席に乗っているんだろう。助手席に乗ってくる頭のおかしい術師の人なんて、五条先輩くらいだと思っていた。信じられない、もう一人増えてしまった。 「コーヒー、良かったら」 「・・・ありがと」 七海はドリンクホルダーに二人分の缶コーヒーを置いた。ちょうど肌寒いと思ってたところだ。なかなかタイミングが良い。 「今のアナタの嗜好がわからなくて、ブラックと微糖を買いました。どちらにされますか?」 「えっと、」 高専の自販機で買ってくれたのだろうか。七海が選んだうちの片方は、高専時代、わたしが良く飲んでいた微糖のコーヒーだった。 働くうち、いつからか甘いコーヒーが苦手になってしまった。わたしが今はブラックしか飲まないことを、七海は知らないだろう。 ここでわたしがブラックを選んだら、七海は微糖を飲むのかな。七海は今も、きっとブラックを飲むはずだ。 「・・・微糖で」 「わかりました。・・・変わってないんですね」 そう言った七海の声は、どこか嬉しそうに聞こえた。その声に、罪悪感で胸がずきんと痛くなった。 ごめん、七海。わたしもう、コーヒーはブラックでしか飲まなくなったよ。言っても仕方のないことだと、声に出すことなく飲み込む。こうやって、お互いに変わってしまったことがたくさんたくさんあるんだろう。今隣にいる七海は、知っているようで、もう全然知らない人なのかもしれない。 七海はわたしが飲みやすいよう、微糖の缶のフタを開け、ドリンクホルダーに置いてくれた。 車の中には、ラジオだけが静かに流れている。 青春時代の思い出の曲、というテーマのもと、リスナーの便りから、あの頃CMで良く聴いていた曲が流れてきた。ああ、この曲。灰原と、よく歌った。わたしが歌えば灰原が合いの手を入れて、その逆もあった。七海はやかましそうな顔をしながらも、黙って隣にいてくれたっけ。 「私とでは嫌でしたか」 「へ、」 思い出に浸っていたせいで、七海の言葉の意味が理解できず、すっとんきょうな声を出してしまった。タイミング悪く信号が赤になり、ブレーキを踏む。助手席の七海はわたしを静かに見つめていた。サングラスの中の瞳の色は、よく見えない。 「私と二人での任務は、嫌でしたか」 「あ、いや、」 信号が青に変わり、ゆっくりとアクセルを踏む。自分から聞いてきたくせに、七海はそれからは何も言わなかった。 あの頃は、どうやって七海と会話をしていたんだろう。七海はどうやって笑っていたんだろう。 灰原とバカをやるわたしにくどくどとお説教をし、わたしがドジをすると大方はやれやれという顔をして、たまあに小さく吹き出してくれた。 三人でいた頃は、何もかもが自然だった。卒業しても、当たり前のようにずっと一緒にいられると思っていた。 今のわたしたちは、こんなにも歪な形をしている。割れた茶碗は元の形には戻らないと、昔そんな話を聞いたことがある。どんなに綺麗にくっつけても、決して元の形には戻らないと。まるでわたしたちだと思った。三人は、欠けてしまった。もうきっと、元の形には戻らないのだろう。 わたしと七海は、ひっそりと、思い出だけを共有している。今のお互いのことなんて、なんにも知らない。職場でもまるで知らん顔。なのに、人生で一番愛おしい時間を共有し、そうして、お互いに無かったことにしようとしている。 灰原がいなくなって、わたしたちはいつからか他人のようになってしまった。 私とでは嫌でしたか。 そう言った七海の声は、静かに車内に響いた。 どうしてそんなこと聞くの? そんな簡単なことでさえ、わたしは聞けずにいる。 |