「アイスクリームが食べたーい」

タバコに火をつけながら硝子先輩がそう言って、それからはあっという間だった。せっかくなら美味しい店に行こうと、五条先輩と夏油先輩がカチカチと携帯電話で近くのお店を探し始め、気づけばわたしたちは電車に飛び乗っていた。





「アイスクリームっていうか、これジェラート・・・」
「生意気だな。何が違うっつーんだよ、言ってみろ」
「ぐえっ」

そんなこと言われたって。確かにどう違うかなんて知らないし、説明できないけど。それにしたって、なんでわたしがヘッドロックかけられなきゃいけないの。五条先輩は理不尽すぎる!
白目を剥きかけるわたしを見かねて、硝子先輩は「冷たければ何でもオッケー」とへらりと笑ってフォローを入れてくれる。それを見た五条先輩は「硝子に感謝しろよ」とようやく腕の力を緩めた。あれ、なんでわたしが悪いみたいになってる?

二人が調べてくれたジェラート屋さんは、高専から何駅かいったところの大きな総合公園にきているキッチンカーであった。ショーケースの中には目移りするほどたくさんの種類と、食べてみたくなるような味が、どれもきらきらと並んでいる。

「名前は?何にするか決めた?」
「うーん、食べたことないのにしたいなあって。夏油先輩は?」
「・・・悩むねえ」

二人でああだこうだ言いながらショーケースを覗き込む。直感でさっさと味を決めてしまった硝子先輩と灰原は、日陰のベンチに向かって歩き出しながら、もう口元にスプーンを運んでいた。それに続いて、七海の分を一口もらおうと目論む五条先輩と、断固阻止しようとする七海が続いていく。
みんな、決めるの早いなあ。

「決めた、私はエスプレッソにするよ」
「・・・わたしも決めました!ストラッチャテッラ!」
「スト、ラ・・・、なに?」

洒落てる。なんだかよくわからないけど、声に出して言ってみたくなったからこれに決めたと言ったら、夏油先輩にがっかりされそうだから黙っておくことにした。夏油先輩の前で、ちょっとだけかっこつけたくなってしまったのだ。でも、ミルクとチョコなんだから、絶対美味しいに違いない。
夏油先輩は自分の注文と一緒にわたしの分も店員さんに伝え、お会計も一緒に済ませてくれた。先輩は、さっきとは打って変わってスラスラとジェラートの名前を読み上げる。かっこいい。みんなには内緒ね、とウインクをして唇に人差し指を当てる。その姿に、たまらずきゅんとしてしまう。なんてスマートでかっこいい先輩だろう。どっかの誰かとは大違い。

「夏油先輩、ありがとう」
「名前が喜んでくれるなら、これぐらいお安い御用さ」

こんなくさいセリフ、素面で言って許されるのはきっとこの人だけだ。夏油先輩からジェラートを受け取り、灰原たちが座っているベンチに向かって歩き出す。
じりじりとした日差しに、早くもジェラートが溶け出している。大きく息を吸えば、公園の芝生からは青臭い匂いがする。きっと、あっという間に夏になるのだろう。

「傑ー、おせーよ。もう食べ終わっちまう」
「悪いね、悩んでしまったよ」

夏油先輩のかっこよさを思い出し、堪えきれず一人でにやにやしていると、ふと突き刺さるような視線を感じた。視線の元を辿ると、じっとこちらを見つめる七海と目が合った。なんだかいつも以上に冷ややかな目をしている。
うわ、もしかして、一人で笑ってるとこ見られた・・・?

「わ、」

あ、と思った時にはもう遅く、浮かれていたわたしは花壇の段差につまづいて、地面に向かって大きく体を傾けた。

「げえ!」

ぺしゃり。
倒れていく体をすんでのところで止めたものの、制服には買ったばかりのジェラートがべったりと付いてしまった。なんてこった。せっかく夏油先輩から奢ってもらったのに。わたしの制服にワンバンしたジェラートは、ぼたぼたと無惨な音を立てて、コーンの上から地面に落ちていく。
ああ、まだ一口も食べてないのに・・・。
せめて、カップにしとけば良かった・・・。


『どんくさい人ですね』


食べかけのジェラートにスプーンをさしながら、七海はこちらに向かってくる。確かにどんくさいけど、この状況でその一言は泣けるから勘弁してほしい。
途方に暮れるわたしとは対照的に、みんな楽しそうにはしゃいでいた。五条先輩と夏油先輩は、硝子先輩から大きすぎる一口をもらい、鬼の形相の彼女に追いかけ回されている。灰原はそれを見て、げらげらと腹を抱えて笑っている。なんと平和な光景だろう。わたし以外は。

「盛大にやりましたね」
「どうしよう、泣きそう」
「・・・何か拭くものもらってきます。これ、何味ですか?」
「ストラッチャテッラ」
「・・・はあ」

なんだか意味深なため息をひとつつき、再びお店へと向かっていった七海は、それからすぐにたくさんのおしぼりと新しいジェラートを手に戻ってきた。

「どうぞ」
「え?あの、お金は、」
「いいですよ、これぐらい」
「でも、」

七海はぐっと、ジェラートをわたしの手に押し付けた。わたしは少しの間躊躇って、ようやくそれを受け取ることにした。
さっきは夏油先輩だったから素直に甘えられたけれど、今のわたしたちは任務も少ないし、たくさんお金があるわけじゃない。同級生だし、素直に甘えるのもなんだか申し訳なく感じてしまう。

「じゃあ、」

この味、気になっていたので。
ジェラートを持つわたしの左手を、七海の大きな手が包む。七海の細く長い指が、わたしの指に柔く絡んでいる。
七海はそのまま、わたしが持つジェラートにかぶり付いた。

「美味しいですね」

そう言って、唇を小さくぺろりと舐めた。

「食べないんですか?」

わたしを覗き込む七海の瞳は、静かな青い色をしている。射抜くような視線に、わたしはぴたりと動けなくなってしまった。このまま息が止まってしまうんじゃないかと本気で考えるほどに。

溶け出したジェラートが、わたしの手を伝って、ぽたりと地面に落ちていった。








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