4 「どっちにしよう」 自販機の前でこんなに長い時間悩んでいるのは、世界でわたしだけかもしれない。 暑くてコーラが飲みたくなってここまできたけれど、目の前にしたら急にカルピスも飲みたくなってきた。 わたしは腕を組み、真剣に悩んでいた。だからそいつの気配には、微塵も気づけなかったのだ。不覚。 「すきあり!」 「わ!?」 スカートがぺろんと捲れ上がった。ていうか、正しくは捲られたんだけど。 「なんだー、残念。見せパン履いてるとか」 「・・・」 「萎えるわー」 しっかり外していたサングラスを定位置に戻しながら、五条先輩はつまんねえと小さく愚痴をこぼしている。いやいやいや、今何した? 「ねえ、ちょっと今何しました?」 「何って?ていうか名前、決めらんないの?それなら俺が、えいっ!」 「あー!!!」 あろうことか、五条先輩は勝手に自販機のボタンを押した。ねえ、それわたしの百円なんですけど!? 「ごち!」 「ごち、じゃないです。それわたしのお金です」 「百円でしょ?ケチだなあ」 「理不尽すぎます」 さすがにここまでこてんぱんにされたら腹が立つ。先輩が何を買ったかわからないけれど、飲み物ぐらい返してもらわないと、わたしとしては腑に落ちない。五条先輩の持つ缶を奪おうとジャンプすれば、五条先輩は面白がって、どんどん上に手を伸ばしていく。そんな高さ、取れるわけない!身長いくつあると思ってるんだ! スカートが翻るのも気にせず懸命にジャンプを続けていれば、あっさりと、五条先輩の手から缶ジュースが奪われた。 七海が現れた。 汚いものを見るような目で、わたしたちを見つめている。 『仲が良いんですね』 「誰と、誰が!?」 「アナタと五条さんが」 「どこをどう見たらそう見えるわけ!?」 何か言いたげな顔をして、七海はわたしをじいっと見つめる。わ、真正面から見つめられると、どうにも居心地が悪い。 「じゃ、おじゃま虫は退散ー!」 「あ!ちょっと先輩!百円返して!」 五条先輩はひらひら手を振って、長い足でスキップをしながら颯爽とどこかに消えてしまった。あとで絶対、硝子先輩に言いつけてやる。 ・・・あれ、ち、ちょっと待って。 ていうか七海って、いつからいた? 「ね、ねえ、いつからいた?」 ま、まさか、パンツのくだりとか言わないよね? 「五条さんが来た時ぐらいですかね」 「全部じゃん」 いやそんなん見てたら助けてよ!どんな気持ちで陰からわたしがスカート捲られて勝手に自販機のボタン押されるの見てたんだよ。 ・・・よりによって七海にパンツ見られてたなんて、最悪なんだけど・・・。 「まあ、何も見てませんから」 ほんとかよ。 不自然に目を逸らした七海は、私の手のひらにぽんと缶を置いた。それは七海が五条先輩から奪い返してくれたものだった。 「・・・ありがと」 七海は自販機のコーラを二本買って、何も言わず、その場を去って行く。手のひらには、すっかり生温くなってしまった缶が汗をかいている。 どうしよう。 全然カフェオレの気分じゃないんだけど。 |