「どっちにしよう」

自販機の前でこんなに長い時間悩んでいるのは、世界でわたしだけかもしれない。
暑くてコーラが飲みたくなってここまできたけれど、目の前にしたら急にカルピスも飲みたくなってきた。
わたしは腕を組み、真剣に悩んでいた。だからそいつの気配には、微塵も気づけなかったのだ。不覚。

「すきあり!」
「わ!?」

スカートがぺろんと捲れ上がった。ていうか、正しくは捲られたんだけど。

「なんだー、残念。見せパン履いてるとか」
「・・・」
「萎えるわー」

しっかり外していたサングラスを定位置に戻しながら、五条先輩はつまんねえと小さく愚痴をこぼしている。いやいやいや、今何した?

「ねえ、ちょっと今何しました?」
「何って?ていうか名前、決めらんないの?それなら俺が、えいっ!」
「あー!!!」

あろうことか、五条先輩は勝手に自販機のボタンを押した。ねえ、それわたしの百円なんですけど!?

「ごち!」
「ごち、じゃないです。それわたしのお金です」
「百円でしょ?ケチだなあ」
「理不尽すぎます」

さすがにここまでこてんぱんにされたら腹が立つ。先輩が何を買ったかわからないけれど、飲み物ぐらい返してもらわないと、わたしとしては腑に落ちない。五条先輩の持つ缶を奪おうとジャンプすれば、五条先輩は面白がって、どんどん上に手を伸ばしていく。そんな高さ、取れるわけない!身長いくつあると思ってるんだ!
スカートが翻るのも気にせず懸命にジャンプを続けていれば、あっさりと、五条先輩の手から缶ジュースが奪われた。

七海が現れた。

汚いものを見るような目で、わたしたちを見つめている。

『仲が良いんですね』
「誰と、誰が!?」
「アナタと五条さんが」
「どこをどう見たらそう見えるわけ!?」

何か言いたげな顔をして、七海はわたしをじいっと見つめる。わ、真正面から見つめられると、どうにも居心地が悪い。

「じゃ、おじゃま虫は退散ー!」
「あ!ちょっと先輩!百円返して!」

五条先輩はひらひら手を振って、長い足でスキップをしながら颯爽とどこかに消えてしまった。あとで絶対、硝子先輩に言いつけてやる。
・・・あれ、ち、ちょっと待って。
ていうか七海って、いつからいた?

「ね、ねえ、いつからいた?」

ま、まさか、パンツのくだりとか言わないよね?

「五条さんが来た時ぐらいですかね」
「全部じゃん」

いやそんなん見てたら助けてよ!どんな気持ちで陰からわたしがスカート捲られて勝手に自販機のボタン押されるの見てたんだよ。
・・・よりによって七海にパンツ見られてたなんて、最悪なんだけど・・・。

「まあ、何も見てませんから」

ほんとかよ。
不自然に目を逸らした七海は、私の手のひらにぽんと缶を置いた。それは七海が五条先輩から奪い返してくれたものだった。

「・・・ありがと」

七海は自販機のコーラを二本買って、何も言わず、その場を去って行く。手のひらには、すっかり生温くなってしまった缶が汗をかいている。

どうしよう。
全然カフェオレの気分じゃないんだけど。




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