3 「ごぉーじょーせんぱぁーい」 「うわあコワイコワイ、なにその顔」 「仕組みましたね!?」 あれからどうやって高専まで帰ってきたのか全く覚えていない。自分でもあの状況でよく運転できたものだと思う。二人きりの車内は、息が詰まりそうなくらい空気が重かった。 こわいと言いながらも全くそうと思っていないであろう五条先輩が、ソファの背もたれに足を投げ出しニヤニヤといやらしく笑っている。 くそ、ムカつくな、その顔。 「なあに、気を遣ってあげたんでしょ」 二人の久しぶりの逢瀬にさ。 起き上がった五条先輩は、つんつんとわたしのおでこを人差し指でつきさして遊んでいる。・・・その指、へし折ってやろうか。五条先輩の人差し指を掴もうと待ち構えた瞬間、打って変わってどぎついデコピンを額に喰らって悶絶する。 「いってえええ」 「感謝しなさいよ、この僕に」 「感謝ぁ?」 誰が、何に! 「お前、何年あいつに片思いしてんのさ」 いち、にー、さん、しー、ごー、片手の指を折り切ったところで、五条先輩はまたにやりと笑う。 「もう、そんなんじゃないんですって」 「いつまでも彼氏の一人も出来ないくせに」 「それはわたしがモテないからだよ!」 「知ってる!」 くそう、面白がりやがって! 今日の五条先輩からの連絡はあまりにも唐突だった。そりゃあいつも急だけど、今日のはほんとに唐突だった。メッセージの最後、「必ず一人でくること」と謎の一言が添えられ、怪しげな音符マーク付きだったことを思い出す。今思えばあんなふざけた文章、もっと警戒するべきだったのに。 「まあ、何はともあれこれからまた一緒に働くわけだからさ、仲良くね」 「・・・五条先輩、何か勘違いしてるなら先に言っときますけど、わたしもう、あいつのこと好きじゃないですから」 「へえ」 卒業してから、もう四年も経っているのだ。そりゃあ、好きだった。高専の時は。でももう全部、なかったことにした。それが正しいことだと、お互いにとって最良なのだと、この気持ちにはとっくに蓋をした。 なのに今更。やっと過去のことにできたのに。なんで今更戻ってきたの。 「教えてくれたら良かったのに」 「そしたら迎え、伊地知に代わってもらったでしょ」 「・・・・・・」 「あっはっは、図星」 変な顔しないの。そう言って、五条先輩はわたしのほっぺを両方に引っ張って遊んでいる。至近距離でこの美しい顔を見ても、もう怒りしかわいてこないのが悲しい。眉間にシワを寄せるわたしをお構いなしに、ほら、笑って笑ってと五条先輩はほっぺを上に引き上げる。いたい! 「相変わらず仲が良いんですね」 びくりと肩が跳ね上がった。この声は。ひやりとした空気に恐る恐る振り返れば、七海は気配もなく後ろに立っていた。・・・そうだ。七海が、高専に戻ってきたんだった。 っていうか、五条先輩。手離して欲しいんだけど。 「お、七海。やきもちかい?」 「へんはい、ははひて」 「え?何て?」 ニヤニヤ笑う五条先輩の手を力づくで引き離す。もう、絶対この人わざとやってる! 「五条先輩、そんなんじゃないですから!ごめん、七海、気にしないで」 「・・・はあ」 七海にだる絡みをして一瞬で空気を凍らせた五条先輩は、そんなことどうでもいいとでも言いたげに口笛を吹いている。ほんっと、自由だなこの人は。 「これ、提出書類です」 では。 七海は至極面倒くさそうな顔でテーブルに書類を乱暴に置き、あっという間に部屋を出て行った。 「もう!やめてください、変なこと言うの」 「変なことぉ?」 「その、七海にわたしのことで絡むのやめてってことです!」 「ああ、そのことね。へへ、オッケー」 ねえ、絶対わかってないでしょ。 「まあまあ、この偉大な先輩に全て任せておきなさい」 「余計不安なんですけど」 ていうかなんの話? |