2 『遅い』 ぴしゃりと言い放ったその男は、気怠げに、伸びた前髪をかきあげた。くそう。めちゃくちゃムカつくのに、その姿があまりにも様になっていて一瞬言葉を失ってしまった。それがまた、ムカつく。 「まあまあ七海!女の子は仕度に時間がかかるものだし」 ね、と灰原は首をこてんと傾げる。彼がいるだけで、この荒んだ空気が浄化されるようだ。事あるごとにわたしに突っかかってくる七海と、いとも簡単に売られたケンカを買ってしまうわたしを、灰原のまあるい空気がいつも柔らかく包んでくれている。もし彼がいなかったら、わたしたちはところ構わず取っ組み合いのケンカをし始めることだろう。 「フォローしてくれたとこごめん!普通に寝坊した」 「・・・・・・はあ」 「あ、七海!今ため息ついたでしょ!?」 「はいはいケンカしない!じゃあレッツゴー!」 三人だけで務める任務は初めてのことだった。 低級呪霊の溜まり場を一掃してこいとのお達しで、引率の先生がいない初めての任務ではあったが、なんとも呑気な気持ちで集合場所に着いた。このふわふわした空気から察するに、二人も同じ気持ちなのだろう。 補助監督さんが運転してくれる車へ乗り込もうとすると、気づけば三人とも後部座席のドアの前に立っていた。え、三人ぎちぎち横並びとか絶対イヤなんだけど。 「七海、でかいんだから前行ってよ」 「嫌ならアナタが前に行けばいいでしょう」 「じゃあ僕が前行こっと!」 お願いしまあす、と灰原が人当たりのいい笑顔を補助監督さんに向けて、助手席のドアを開けた。 ・・・最悪だ。 七海と隣。こんなことなら、最初から助手席に座れば良かった。別に席なんてどこでも良かったのだ。 隣に座った七海は、はあ、とこれみよがしに盛大なため息をついている。やめてよ、わたしも同じ気持ちなんだから。 車内では、灰原がトウモロコシの粒の数は必ず偶数になるといううんちくを得意げに話している。つくづく思う。二人での任務じゃなくて、ほんとに良かった。 気まずそうにしているわたしに気づいているのか、「もうすぐ着きますよ」と微笑む補助監督さんとミラー越しに目が合う。長い長いトンネルを抜けると、右手には一面海があった。 「海!」 「ほんとだ!」 助手席の灰原と、後部座席左側に座るわたしは、海を見ようと右側に身を傾けた。伸ばした体が七海に触れるのをお構いなしに、手を伸ばして七海の座席の窓を開ける。あ、また七海がため息をついた。 「海なんて、どこにでもあるでしょう」 「すぐそういうこと言う」 「でも、海を見るとなんでか嬉しくなるよね」 「わかる」 春の海は、暖かい光を反射してきらきらと光っている。海を見ているフリをして、そっと七海の横顔を盗み見る。窓から心地良く吹く風に靡かれて、七海の細く美しい髪が、水面と同じようにきらきらと光っていた。 とてもきれいだと思った。 |