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街は赤や緑、ゴールドの装飾で溢れ、浮き立つようなクリスマスソングがどこもかしこも流れている。わたしの地元に程近いそこには、今年から真っ白なクリスマスツリーが設置されることになり、そこそこ大きなそのショッピングモールは多くの人で賑わっていた。
任務後のわたしたち三人は、補助監督さんに送ってもらったお礼を言い、車を降りて歩き出した。

「僕ちょっとトイレ!」
「一緒に行こっか?」
「大丈夫!ツリーの前で待ち合わせよう!」

着いて早々、灰原は慌ただしくトイレを探して駆け出して行った。たしかに、今日の任務も辺鄙な場所にある廃墟だったもんなあ。

「じゃあ、先に行こっか」

返事のない七海を不思議に思い見上げれば、質の良さそうなマフラーに鼻まで埋め、寒さで耳を赤くしている。寒がりだもんなあ、七海は。いつも白い肌がさらに真っ白だ。ダッフルコートのポケットに両手を突っ込む七海は眉間に皺を寄せ、さっさと帰りたいとでも言いたげな顔をしている。付き合わせちゃったお詫びに、あとで温かいコーヒーでも奢ってあげよう。

人の流れに身を任せて歩いていれば、ショッピングモールの中庭に突如としてそれは現れた。真っ白なクリスマスツリーは予想より大きくて、首を真上に向けないとてっぺんの星が見えないくらいだった。順番に光るライトが、柔らかい青や紫に変わっていく。

「きれいだねえ」
「そうですね」

棒読みの返事が返ってきた。やっぱり、早く帰りたいのに付き合わせてしまったのかな。少しだけ不安になって七海の横顔を盗み見れば、眉間に皺を寄せ、物憂げな表情でツリーを見上げている。七海の瞳に反射するライトの光が、点滅するたびにきらきらと色を変える。

「名前・・・?」
「・・・あ、久しぶり!」

呼ばれた声の方を見渡せば、そこには中学時代の友人がいた。わたしを見つけて嬉しそうに駆け寄るその姿に、つられて笑顔になる。部活が一緒で、家も近くて、よく寄り道して一緒に帰った。この半年の間に髪も伸びて、なんだか少し大人っぽくなったように見える。

「名前、元気だった?」
「うん!高校はどう?」
「楽しいよ!あ、彼氏も出来たんだ!」

ピースをしてえへへと照れくさそうに笑う彼女はとても可愛らしい。聞けば、同じ高校の部活の先輩で、今日もデートでここに来てその彼とツリーの前で待ち合わせをしているという。なんだか青春しているなあ、と微笑ましく話を聞いていたら、彼女の表情はいつのまにかにやにやとしたものに変わっていた。

「かっこいいね」
「え?」
「彼氏でしょ?」

え。
耳打ちしてきた友人に、ぎょっとした顔で隣を見上げれば、なんと答えるんですか、と試すような顔をした七海が視線を寄越す。うわ、耳打ちの意味ない。全部聞こえてる。

「ちが、と、友達!」
「えー、ほんとかなあ」

疑うように再びにやにやした視線を寄越した友人は、手元で短く鳴った携帯に視線を下ろす。携帯をぱかっと開いたその顔が、みるみるうちに嬉しそうな笑顔に変わる。

「彼が来たみたい!名前、また近々話聞かせてね!」
「う、うん」

ぶんぶんと手を振り、嵐のように一息で別れを告げる彼女の後ろ姿を見送る。
・・・変な汗かいちゃった。気まずい話題が終わったことにほっとして、ふう、と大きく息を吐く。びっくりしたなあ。でも、そうか。こんな場所に男女二人でいたら、そう見えることもあるんだ。

『友達、ですか』
「え」
「アナタと私が」

そう言う七海の、わたしを見下ろす視線はどこか冷ややかだ。友達、ではないのかな。確かに、クラスメイトとか言えばよかったかも。まあ、あの時はテンパっていたし。・・・ていうか七海は多分もう二度とあの子に会わないと思うし、どんな紹介されたって良い気もするけど。

「七海、なんか怒ってる?」
「別に」

ぶっきらぼうにそう言って、七海はぷいっとそっぽを向いてしまった。・・・そんなに嫌だったのだろうか。わたしの友達だと思われること。わたしの友達、可愛かったし。紹介して欲しかった、とか。いやいや、彼氏いるって聞こえてたはず。じゃあなんで。
なんとなく七海は不機嫌だ。やっぱりわたしに友達なんて言われて、ムカつくのかもしれない。

「ごめん、同級生とか言えばよかったね」
「は」
「実際、それぐらいの距離感だもんね。馴れ馴れしく友達とか言ってごめん。もう言わないよ」

自分の声が、どんどん小さくなっていくのがわかる。灰原だったら、絶対友達だって言ってくれたのに。ここにいるのが、灰原だったら。こんなにぎすぎすした空気のなかで、クリスマスツリーは相変わらずきれいだ。流れている陽気なクリスマスソングが耳に入り、なんだか泣きたくなってきた。

「くしゅん!」

冷えてきた。灰原、遅いなあ。ずるずると鼻水を啜れば、ふわりと首元に暖かいものが巻かれた。されるがまま、目線だけで七海を見上げれば、七海は無言でぐるぐるとわたしにマフラーを巻きつけている。その表情はやけに真剣だ。

「なんでそんなに薄着なんですか」
「天気予報見るの忘れちゃった」
「・・・はあ」

ついさっきまで七海がしていたマフラーは、七海の温もりがあって、七海のにおいがする。そう気づけば、さっきまで寒かったはずなのに、わたしの頬にはじわじわと熱が差していく。わたしは七海を友達だと言った。でも友達って、こんなにドキドキするものなのだろうか。ちらりと七海を盗み見ようとすれば、七海もまたわたしを見つめていた。しょうがないなあ、とでも言いたげなその瞳に見つめられ、わたしは慌てて視線を逸らし、逃げるようにマフラーに顔を埋めた。




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