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※過去に原作者様が本誌に記載された設定から、高専がまだ5年制だった頃としてこの話を書いております。







「グッパージャス!」

五条先輩の掛け声に、四人それぞれグーとパーを繰り出す。どんなチームを組ませてもそもそも個として強すぎる二年生に対しハンデとして投入されたわたしは、最早貧乏くじ扱いだ。すなわち、わたしと同じチームになった時点で負けを意味する。手元を確認し、顔を上げる。クソが、と吐き捨て今にもわたしを呪い出しそうな五条先輩と目が合う。そもそもわたしを呼んだのは先輩でしょうが。

「ねえ、俺名前と同じチームとか嫌なんだけど。硝子代わって」
「いやだよ。わざわざ進んで負けに行くあほなんていないだろ」
「ねえ本人目の前にいるんですけど」

放課後の廃れたゲームセンターで、煙草をくわえた女子高生と長身の白髪男がエアホッケーの台を囲みながらわたしを指差し言い争いをしている。側からみたらなんと治安が悪く近寄りたくないグループだろうか。
せめて、わたしの味方が一人くらいいてくれても・・・。
次のゲームは見学に決まったクラスメイトたちを縋るように見る。「名前なら出来る!ファイト!」と曇りなきまなこでガッツポーズをする脳筋の灰原とは反対に、「お願いだから関わらないでくれ」とでも言いたげな七海は、台から少し離れたところに移動してすっと目を逸らした。

「おいおい、名前がかわいそうだろ。私が同じチームでもいいかな、名前?」
「夏油先輩・・・!もちろんです!」

ぎゃんぎゃん言い合う五条先輩と硝子先輩の間に入り、夏油先輩はまあまあ落ち着いてと両手で制す。な、なんとかっこいいんだこの人は。常々思っているけれど、今またこの人への尊敬の度合いが増した。それに比べてあの二人。人でなしにも程がある。

「うわあ、ほんとにあほがいた」
「言ったなー傑。負けた方は全員のジュース奢りって約束、忘れんなよ」
「ああ、二言はないよ」

さあ名前、頑張ろう。わたしの顔を覗き込んで優しく微笑む夏油先輩に力強く頷き返す。血も涙もない非道な先輩たちを倒し、夏油先輩のために勝つのだ!

「硝子、名前んとこが狙い目だよ!」
「わかってらあー」
「ねえさっきからひどい」

煙草をくわえたままの硝子先輩はすいすいとパックを捌き、五条先輩が隙をついてすかさずゴールを決める。こちらはといえば、わたしが守るゴールがあまりにもざるなので、夏油先輩一人でゴールの守りに徹するはめになり防戦一方だ。
わかっちゃいたけどわたしたちは呆気なく負けた。
そう、わたしのせいで。





「夏油先輩、すみません・・・」
「いいよ、楽しかったから」

とぼとぼと自販機に向かいながら半泣きで謝れば、半歩前を歩く夏油先輩はそう言って振り返り、わたしの頭をぽんと優しく撫でた。先輩は優しい。最初っから貧乏くじを引くとわかっていたはずなのに。
夏油先輩は恩着せがましくなくいつもさらりと親切で、そうしてその時その場で正しい判断ができる人。
密かに憧れる先輩にあの場で味方になってもらえたことは、夏油先輩には申し訳ないけれど、正直とても嬉しかった。
寂しいお財布を覗き自販機に小銭を入れようとしたところで、わたしをそっと制すように夏油先輩が手を伸ばす。

「いいよ、名前は」
「でも、わたしのせいで・・・」
「それじゃあ、私のコーヒーを奢ってくれる?」
「・・・はい!喜んで!」

はは、居酒屋みたい。夏油先輩はくしゃりと顔を歪めて笑った。結局、わたしの分も含めた五人分のジュース代は夏油先輩が払ってくれた。わたしに罪悪感を持たせないように心配りをしてくれる夏油先輩のスマートな優しさに、また胸が高鳴る。


「おい名前、ちゃんと間違えずに俺の分買ってきたんだろうな」
「ああ、それならここに」
「はあ?・・・まさか傑が全部出したとかつまんねえこと言わねえよな」
「まさか。名前も半分出してくれているよ」

ね、と夏油先輩がわたしだけにわかるようにウインクをする。
ほーら、かっこいい。今日一日で何回きゅんとさせる気だろう、この人は。
誰がお金を出したかなんてまるで興味のない硝子先輩は、早々に缶コーヒーをぐいっとあおる。きっと早く飲み干して、灰皿代わりにしたいのだろう。

「名前、次は勝てるよ!」
「ありがとう灰原」
「七海もなんか言ってあげなよ!」
「・・・アナタ、センスなさすぎです」
「はあ!?」

高専に入学すると決まった時は、友達なんて出来る気がしなかった。そもそも呪い自体見えるだけで無知に近かったし、呪いを祓うために呪いを学ぶ、なんて普通の中学生だったわたしには想像もつかないことで。ここで五年を一緒に過ごす同級生と、先輩たちと、仲良くできるだろうか。普通の学校生活なんて送れないと思っていたのに、毎日が平和とは言えないなりに、放課後みんなでだらだらと集まってゲームセンターに行くような、今日みたいな日だってある。先輩たちや同級生から名前で呼ばれるような関係になるなんて、入学前は全然思わなかったなあ。

「アナタ、何にやついてるんですか」
「?」
「アナタのことですよ」

きょろきょろと辺りを見渡して、七海の言う「アナタ」がわたしだと気づく。
・・・・・・あれ、ちょっと待って。

七海って、わたしのこと全然名前で呼ばないよな。アンタとか、アナタとか、ちょっと、とか。熟年の夫婦みたいな、そんな呼び方ばっかり。そうなると、素朴な疑問が頭に浮かぶ。

「七海って、わたしの名前知ってる?」
「バカにしてるんですか?」

眉を顰めた七海を見て、隣の灰原が腹を抱えてげらげらと笑う。

「知ってる?」
「・・・・・まあ」
「ちょっと呼んでみてよ」
「・・・チッ」
「舌打ち!?」

ふいっと視線を逸らした七海は、決まりが悪そうにコーヒーを傾けて会話から逃げ出した。・・・やっぱりそうだ。こいつ、わたしの名前知らないんだ。もう入学して半年になるのに!

「ぷっ!フラれてやんのー」
「くっ・・・」
「私が呼んであげるから、我慢して」
「はい!!」

おい、俺と傑でなんで態度が違うんだよ。高い位置から人差し指でぐりぐりとつむじを押され、腹を壊せと幼稚な呪いをかけられる。最悪だこの人。夏油先輩と違って、いつまでも小学生みたいなことしやがって!





寮までの帰り道。グラドルの趣味でああだこうだ大騒ぎする先輩たちの後ろを歩く七海が、お前はどうなんだと絡まれてめんどくさそうにしている後ろ姿を見つめる。

結局、わたしの名前、呼んでくれなかったなあ。

前々から、わたしにまるで興味がないとは思っていたけれど。まさか、ここまでとは。流石に少し落ち込む。だってもう一緒に過ごして半年なのに。ちょっとずつだけど、やっと仲良くなれてきたと思っていたのに。そう思っていたのは、わたしだけだったみたい。

「じゃ、また明日なー」
「名前、また明日ね」
「はい!」

先輩たちの後ろに続く少し猫背気味のその背中に、どうして?と心の中で問いかける。テレパシーなんて使えるわけがないのだから、もちろん七海が振り返るわけもなく。ぶんぶんと手を振る灰原に、バイバイ、と手を振って、諦めて踵を返し背を向ける。


「名前」


聞き慣れないその響きに驚いて振り返れば、七海はなんともバツが悪そうに、眉間に皺を寄せ、明後日の方向に視線を泳がせる。
・・・あの、七海が。わたしの名前を?
聞き間違い、じゃなかった。たしかに呼ばれた。
驚きと、嬉しさと、込み上げる照れくささに口角がゆるゆると上がり、自分の頬が熱を帯びるのがわかる。

「また明日」

燃えるような夕焼けが、わたしたちを茜色に染めている。いつまでも火照ったままのこの顔に、どうか七海が気づきませんように。




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