これこそ呪いだと思った。

「なにぼーっとしてるんです」
「ご、ごめん」
「車、出さないんですか?」
「・・・あの、どこまで?」
「どこって、高専に決まっているでしょう」

あの日、夕暮れの教室でさようならをした日。小さな口付けを落として去っていった初恋の人が、再び目の前に現れたのだから。

わたしは、七海に呪われている。





「13時に◯◯駅の北口で」
五条先輩から送られてきたメッセージと位置情報を確認し、事務仕事はそのまま、慌てて車のキーを引っ掴み高専を出た。駅までの道は思ったより渋滞していて、約束の時間を少し過ぎ、ロータリーに着いた。運良く空いたスペースにハザードを出して停車する。時計を見れば、待ち合わせの時間を10分程過ぎたところだった。こりゃあ、また面倒くさいわがままと、ネチネチした文句を言われそうだなあ。ため息をついて、辺りに長身の目隠し男がいないか確認をする。どこにいても目立つ、あの男の姿はまだない。よかった、とほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、あ、と小さな音がわたしの口からこぼれた。

あの金髪、似ている。

いやいや、まさか。首を振って思考を止めようと試みる。まさか、だって、そんなわけない。確認のためにもう一度。その男の後ろ姿に視線を戻せば、男はゆっくりとこちらを振り返った。

「嘘でしょ」

そんな、まさか。なんで。ぐるぐると思考は巡るけれど、全く答えが出てこない。なんで。どうして。答えは出ないまま、そいつは後部座席のドアを開け、勝手に車内に乗り込んだ。

「遅い」

四年ぶりに聞いた、七海の声だった。わたしは情けないことに、文句の一つも返せないでいる。

何度も運転した道なのに、高専までの道のりは永遠のように感じた。バックミラーを確認するたびに、窓の外の景色を眺める七海の姿が嫌でも目に入った。
わたしの大好きだったクラスメイトが、再び目の前に現れた。あの頃と、少しだけ姿を変えて。でも、窓の外を見つめる七海の横顔は、あの頃授業中に何度も盗み見たそれと同じだった。

鼻の奥がツンとした。
わたしは今も、あの夕焼けに染まる教室に囚われている。



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