14 「もしもし」 「あ、名前?」 「うん。灰原、体調どう?」 いつまでも教室に顔を出さない灰原を心配し、隣の席の七海に聞いてみた。七海は黙って目線だけを天井に向け、なんと言おうか考えているようだった。そうして一言、「風邪で休みです」と言った。あの灰原が、風邪?元気だけが取り柄の灰原が。不思議に思って理由を聞けば、やっぱりなんとも言えない顔で「エアコンをガンガンにした部屋で腹を出して寝たとか、なんとか」とぼそぼそ言う。あまりにも灰原らしい理由にちょっと笑ってしまった。 夕飯にも顔を出さなかった灰原を心配し、電話をかけてみれば、想像よりは元気そうな声のトーンで返事が返ってきた。話すたびにけほけほと小さく咳込むことと、鼻声を除けばだけど。 「ありがと。だいぶ良くなったよ。・・・ねえ、お願いがあるんだけど」 「お願い?」 「うん」 おにぎり、作ってきてくれないかな。昼は食欲なくて食べれなかったんだけど、寝てたら夕飯まですっ飛ばしちゃって。 あはは、と電話口で灰原が笑う。やってしまった、いう時のくせで頭を掻く、いつもの姿が思い浮かんだ。 「いいよ。具はあるもので適当になるけど」 「やった!」 「出来たら部屋まで持って行くね」 「うん、こんな時間にごめんね。待ってる!」 ぷつりと通話が切れた。携帯をポケットに入れ、ドライヤーしたばかりの髪をまとめ、寮の食堂へ向かう。電気をつけ、炊飯器の蓋を開ければ、夕飯の余りのごはんが保温されていた。これだけあれば、2個ぐらいはおにぎりを作れそうだ。冷蔵庫の中には、誰のかわからない海苔の佃煮と、朝食の残りの明太子が入っている。灰原は、まあまあ食欲はありそうだ。こっそりくすねて、少し使わせてもらおう。 手を洗い、ラップにごはんを包む。 「こんな時間におにぎり?」 足音もなく、背後に影がさした。口から心臓が出そうなくらいびっくりして、情けなく大きく体が跳ねた。そろそろと後ろを振り返れば、やっぱり声の主は七海だった。 「びっくりしたあ!」 「驚かせましたか?それはすみません」 「わざとでしょ」 「さあ。・・・それ、」 「これ?」 『灰原のためですか?』 わたしの手元を見つめ、七海は問う。お米は灰原の好きな食べ物だから、おにぎりからすぐに結びついたんだろう。夕飯時、灰原がいなかったことも知っているはずだ。 「そう。さっき連絡したら、夕飯食べ損ねちゃったんだって」 「ふーん」 「な、なにその顔」 「一人で行くつもりだったんですか、灰原の部屋」 前にも言いましたよね。 青い瞳が、どこかわたしを責めるように見下ろす。危機感を持てと、確かに七海に言われた。でも、相手は灰原だよ。五条先輩じゃないんだし。なんて、ここで言い返したところで、また前みたいに言いくるめられるのがわかっている。 「うん。だから七海も一緒に来て」 「はい?」 「七海が一緒にいてくれるなら大丈夫でしょ?」 「・・・はあ」 あれ、ため息つかれちゃった。わたしから顔ごと逸らしてしまった七海の表情は、ここからだと見ることができない。わたしまた、なにか変なこと言ってしまったんだろうか。 「・・・仕方ない。私が風邪を引いた時は、パンを作ってくださいよ」 「え?パンなんて作ったことないよ」 買った方が早いんじゃない?素人のわたしが作るより、お店のほうが絶対美味しいよ。っていうか、風邪引いてパンが食べたいなんて、七海って変なの。 思ったままにそう言えば、七海は眉を歪ませ、呆れたようにわたしを見下ろしている。 「パンは流石に冗談でしたけど、ここまで言われるとは」 「え、なんの話?」 「・・・まあいいです。その時は、私にはおかゆを作ってくださいよ」 「よくわかんないけど、わかった」 出来上がったおにぎりを載せたトレーを、七海がひょいと持ち上げ歩き出す。わたしは慌ててTシャツ姿の背中を追いかけた。 部屋でわたしを待っている灰原は、おにぎりを持った七海が登場したらきっと驚いて、そしてとても喜ぶだろう。 早く元気になって、明日は三人揃って授業を受けられたらいいな。 |