12 「うわあ、すごい人」 「みんな、何から食べる!?」 「灰原、迷子にならないでくださいよ」 はいはい、わかってるよ。灰原は胸をとんと叩いて、言ってるそばから大股で人混みを掻き分けていく。七海が隣で大きなため息をついた。 今日は午後から、取り壊し前の古い集合団地で三人一緒に任務に当たっていた。昨日の授業の後、先生から「近くでお祭りがあるからせっかくだし帰りに寄ってくれば?」というなんとも軽い提案があり、大喜びの灰原とわたしによって、半強制的に七海も参加となった。こうしてわたしたちは三人でお祭りに行くことになったのだ。 久しぶりのお祭りは、楽しそうな人たちの笑い声と、屋台の美味しそうな匂いと、今から上がる花火へのわくわくで、この場にいるだけで胸が高まった。目新しい屋台にあちこち視線を向けると、ふと、逆にこちらに視線が向けられていることに気付く。すれ違う女の子たちがみな、七海を好奇の目で見つめていた。そして、その隣のわたしにちらりと視線を向ける。 「七海、焼きそばとりんご飴、どっちがいいかな?」 「全然ジャンルが違うじゃないですか」 すれ違う女の子たちはみんな、可愛い浴衣を着て、髪を綺麗にアップにし、ばっちりとメイクをしている。一方のわたしは、可愛くない真っ黒の制服に、任務帰りでぼさぼさの髪。よれたメイク。華やかで可愛らしい彼女たちと自分を比べて、なんだか惨めな気持ちになってしまった。・・・考えたって仕方ない。わたしは所謂普通の女の子ではないのだから。 「大丈夫ですか?」 「え?」 灰原の背中を見つめぼんやりと考え込んでいたわたしの顔を、七海が覗き込んで見つめていた。薄汚れた真っ黒の制服に、やつれた表情。わたしと一緒でくたびれた姿のはずなのに、この男は一際目を引くらしい。結局、見た目なのだろうか。 「なにさ、二人して見つめ合って」 「え!?」 「はあ、そんなんじゃありません」 「まあいいけど。それより型抜きしようよ!」 「型抜きですか」 型抜きか、懐かしいなあ。小学生ぶりかもしれない。早く早くと急かす灰原に続いてお金を払い、型を選んで三人並んで椅子に座る。 あ!という声に肩がびくりと跳ねた。隣を見れば、灰原が一刀目で型を粉砕していた。さすが、バカ力。なんで傘の型なんて選んだんだろ、柄の部分が細くて難しいのに。そういうわたしは灰原の声にびっくりして、チューリップの茎の部分をぽっきり割ってしまった。くそう、灰原が大声なんて出すからだ。悔しいなあ、もう一回やろうか。そんなことを考えながら隣を見れば、小さな椅子の上で背中を丸め、七海が一生懸命に型を抜いていた。 「さすが、七海だねえ」 灰原は身を乗り出して、感心しながら七海の様子を見守る。七海の飛行機の型は、綺麗にくり抜かれていた。七海はそれを指でつまんで、ふう、と息を吹きかけて粉を飛ばす。初めはつまらなそうな顔をしていたくせに、なんだかんだいって達成感で満たされた顔をしている。微笑ましくその横顔を見つめていたら、それに気づいた七海は決まりが悪そうな顔をした。 「僕、お腹空いちゃった」 「わたしも」 席を立ち、再び人混みの中を歩き出す。 さて、何を食べようかな。チョコバナナにあんず飴、焼きそば、たこ焼き。灰原は既にお目当てのものがあったようで、戻って買ってくる!と手を振りながら人混みにあっという間に消えてしまった。電波、あるかな。この人混みで灰原とちゃんと合流できるか不安だ。 「七海は何か食べる?」 「しょっぱいものを食べたいですね。任務終わりでなにも食べていないですし」 「だね。わたしはたこ焼きか唐揚げで悩んでるんだ」 うーん、と唸りながら腕を組み、真剣に悩む。どっちも一人で食べるには多いんだよなあ。灰原にちょっと食べてもらえたりするかなあ。 『半分こしますか』 七海はぶっきらぼうにそう言って、驚いて顔を上げたわたしから逃げるように視線を逸らした。だって、七海が半分こ、って。なにその可愛い言葉のチョイス。 「あ、うん。・・・じ、じゃあわたし、たこ焼き買ってくるね。七海はからあげよろしく!」 柔らかい雰囲気の七海になんだか少しくすぐったくなって、矢継ぎ早に言葉を続け、今度はわたしが逃げるように七海から視線を逸らす。視線の先、人混みの奥にたこ焼きの屋台が見えた。七海に背を向け歩き出すと、ぐっと力強く手を引かれて、大きく後ろに体が反った。 「逸れますよ」 人混みの中、七海はわたしの手を握り隣に引き寄せた。おずおずと七海を見上げれば、いつも通りの澄ました顔で屋台に視線を向け「わたしたちまで逸れては灰原を探せませんから、一緒に買いに行きましょう」と言う。な、なんでそんなに普通でいられるんだ。わたしばっかりどきどきしていて、ばかみたいじゃないか。ていうか、別に手を繋ぐ必要なくない?なんでまだ繋いだままなんだろう。 しっかりと握った七海の手のひらは、ほっそりとした綺麗な長い指が印象的な見た目とは違って、マメだらけで、男の子らしい手だった。 向かいから、灰原がビニール袋を両手に「おーい」と大きく手を振っているのが見え、わたしたちは繋いでいた手をどちらともなく離した。 それが惜しいと思ってしまうのは、どうしてなんだろう。 |