6 「いらっしゃいま、せ」 「・・・よう」 なんでここに三井が。 わかりやすくそんな表情で、オレたちを迎えてくれた名字がフリーズしている。 「おう」 「名字、おつかれ」 三井の後ろからいつも通りに赤木が軽く挨拶をして、続いてオレも声を掛ければ、我に返った名字は嬉しそうな顔で出迎えてくれた。 先ほどから降り始めた雨は、そのうち叩きつけるような大雨に変わり、いつもほどほどに賑わっている店内はがらんとしている。 案内してもらった四名掛けの席に、三井を向かいにオレと赤木が並んで座る。 「お前、ここでバイトしてたんだな」 「うん。でもびっくりした。ここに三井がくるなんて」 「・・・おー」 メニューとお冷、おしぼりを用意して、名字が席へ戻ってきた。 部活が終わったあと、名字のバイト先に行こうと赤木と話していたら「オレも行きたい」と三井が声をかけてきたことは黙っておいた方が良さそうだ。 鈍感な赤木が本当のこと言わなきゃいいけど。 「お前が行きたいと言ったんだろう、三井」 「っ!?」 あ、言っちゃった。 ベリベリとおしぼりの袋を引き裂いて、おじさんのように顔を拭いていた三井が吹き出した。 「?本当のことだろう?」 言うなよ!!と声を張り上げた三井は、それ以降何も言い返せず、二つ配られたメニューのうちの一つを独り占めして、机の上に立てたメニューで顔を隠している。 やれやれ。三井は素直じゃないし、赤木も悪気はないし。赤木は頭の上にハテナマークを並べて、なぜ三井がふてくされてるのかを考えている。それはテーブル横で注文を待っている名字も同じだろうけど。 「オレ、アイスコーヒー」 「オレも」 「オレも」 「三井コーヒー飲めるの?」 「飲めるわい」 「ふうん」 「なんだその目は」 少々お待ちください。そう言っててきぱきとメニュー表を回収した名字は、カウンター内に注文を伝えに行ったようだ。 いつもと違う喫茶店の制服を着て、ちゃきちゃきと動き回る名字を珍しそうに三井が見つめている。 「あいつ、勉強できるけど家庭科とか体育とかてんでダメだし、バイト先で上手くやれてるのか気になってたんだけど、ちゃんとやれてんだな」 はは、お母さんみたいなこと言うんだな。 「名字は気がきくし、常連さんの注文覚えていたり、お客さんからも可愛がられてるよ。いつもは確かに抜けてるけど、バイト先ではすごくしっかりしている」 「へえ、」 名字がバイトをしている喫茶店、PEACEは、オレたちが通っていた北中と湘北の間にある。帰り道、同じ中学だったオレたちが店に顔を出すと、いつも名字は嬉しそうな顔をして出迎えてくれる。 お店の雰囲気が良いのもあるし、名字がいるからオレはこの店に寄るのがいつも楽しみなんだ。 「お待たせしました」 アイスコーヒーとガムシロップ、ミルクを人数分置いた名字は、配膳が終わってからも席を離れず、なんだかそわそわした様子で立っている。 「あ?どうした」 それに気づいた三井が、アイスコーヒーを飲みかけていた手を止め、不思議そうな顔で名字を見上げる。 「ねえ三井。さっきコーヒー飲めるって言ったでしょ」 「ああ。・・・なんだ?」 こんなにもじもじしている名字は珍しい。オレと赤木には言えないことなんだろうか。いつも名字と口喧嘩しているくせに、こういう時の三井の言葉尻は優しい。 「お願いがあるんだけど・・・」 今日、こんな雨でお客さんが全然来ないからもう上がっていいって店長に言われたんだ。それで、あの、いまコーヒー淹れる練習してて、試しに飲んでみてもらってもいい? 「いいよ」 「ほんと!?やったあ!」 「その代わり上手に淹れなかったら残すけどな」 「わかった!」 嬉しそうに返事をした名字が、パタパタとカウンター内に戻っていく。 「・・・なんだよ」 「いや、なんでも」 無意識ににやついてしまっていたらしい。それに気づいた三井はばつが悪そうに目を逸らした。 名字がオレたちじゃなく三井だけに頼んだのが嬉しかったんだろうな。そう気づいたら、自然と口角が上がってしまっていたのだ。 それからしばらくして、トレーにカップを一つ載せた名字が緊張した面持ちでテーブル横に立った。 三井の前にことんとカップを置いて、不味かったらすぐ下げるから残してね、そう前置きをし、不安げな顔で三井を見つめている。 「・・・ど、どう?」 三井は一口飲んで、ゆっくりとカップをソーサーの上に戻した。 「・・・まあまあだな」 「・・・ほんと!?やったあ!!」 トレーを両手で抱きかかえた名字が嬉しそうに笑って、三井に褒められたって店長に報告してくる!とパタパタとカウンター内に再び戻って行く。 その後ろ姿を確認して、オレは三井に声をかけた。 「三井、一口くれないか?」 「あ?いいけど・・・」 「・・・・・・三井って、優しいよな」 「・・・うるせーよ」 ぐいっとカップを傾けて、三井は名字が淹れたコーヒーを一気に飲み干した。 |