3 「あ、三井サンの」 「三井サンの、って何」 怖いんだけど。その言葉の先に何が続くの。 わたし、どんな覚え方されてるの? 「いや、・・・さーせん」 なんでそんなバツの悪そうな顔をするんだ。 「きみは、・・・確か三井の前歯折った子だよね。えっと・・・宮城くんだっけ」 「アンタもどんな覚え方してんだよ」 だって。ほんとのことじゃん。 体育館前の自販機で三井の後輩と遭遇した。前に三井が勝手にバスケ部のメンバー紹介をしてきた時に、適当な相槌をうちながら聞いた名前は合っていたらしい。わたし、意外と三井の話ちゃんと聞いてた。そう、確か二年の宮城くん。 三井の歯をあんなにするなんて、どんなに硬い頭なんだろう。 「これから部活?」 「そっすけど」 多分、オレが一番乗りっぽい。体育館の中を覗いて、宮城くんは大きな伸びをしながらそう言った。言われてみれば、いつも聞こえてくるはずの元気の良い掛け声や、ボールをつく音、赤木のバカタレも聞こえてこない。主のいない体育館は驚くほど静かだ。 ・・・ていうか三井はどこいったんだ。いの一番に教室を出て行ったくせに。 「ねえ、先輩たち来るまで、ちょっと話しません?」 「いいけど」 やった、と小さく言った宮城くんは子供みたいな顔で笑う。あれ。意外と可愛いな。 「なんか飲む?奢るよ」 「いーんすか?」 ・・・じゃあ、俺もこれ。 そう言って、宮城くんはドクターペッパーのボタンを押した。・・・わかる。わたしも好きなんだよねこれ。この自販機にしかないから、ここまできたってわけで。前に三井に勝手に一口飲まれて「ビミョウ」ってムカつく顔されたの忘れてない。 ・・・なにこの子、仲良くなれそう。 体育館前、日陰になっている階段に座った宮城くんが、ぺしぺしと自分の隣を叩く。・・・ここに座っていいってことですかね。失礼します、と遠慮がちに宮城くんの隣に腰掛けた。 ここ、涼しいな。 この前まで桜が咲いていたのに、あっという間に春が終わって、もう夏が近づいている。 「名前なんでしたっけ」 「名字名前」 「そうだそうだ、名字サン」 この子、そもそもなんでわたしのこと知ってるんだろう。怖いな。 ・・・どうか三井関連じゃありませんように。 「三井サンとどういう関係なんすか?」 「は」 宮城くんの質問に飲んでいたドクペを吹き出しかけた。なにその質問。初めて話す人にされる質問じゃないんだけど。まじで誰から何の話を聞いてるんだ。 「ただのクラスメイトだけど」 「・・・ほんとに?」 「ほんとほんと。それだけだよ。今は席隣だけど、それだけ」 「ほおーん」 「いやなんだその顔は」 全然信じてない顔じゃないか。 「付き合ってはないんすか?」 「うん」 「まあ、そうだよな」 そうだよな、ってなんだよ。 「なんでそんなこと聞くの」 「いやー、これ言っていいのかなあ。三井サンにバレたらめんどくせえしなあ」 「三井が面倒くさいのはわかるけど、そこまで言ったならもう教えてよ」 「はあ。まあ、そうっすね」 三井サン、機嫌いいと名字サンの話めっちゃしてくるんですよ。靴下左右違うの履いてきたり、授業中寝言言ってたり、ドクペ爆発した話とか、あ、ほら。先週卵握り潰したってやつとか。 「待って、全部じゃん」 「名字サンの話、聞くの結構好きなんすよね」 「最悪なんだが」 あのやろう、自分の身内にわたしのアホエピソードだけ選んで話してやがる。こんなのわたしは弁解のしようがないじゃないか。赤木とか、どうせ「やれやれ、あいつはまったく」みたいな顔して聞いてるんだろう。くそう、三井の方が100倍アホなくせに。 「お、珍しい組み合わせだな」 噂をすればなんとやら。カバンを担いだ三井が颯爽と現れた。なんか、・・・眩しいな。ムカつく。こっちはバスケ部の中でとんでもないヤツにさせられてるってのに。アンタのせいで。 「おい聞け」 「聞かなくて大丈夫」 「めっちゃデカいうんこ出たわ」 「最悪な報告ありがとう」 「あ?なんだと名字」 「宮城くんなんか言ってあげて」 ・・・ダメだこの人たち。 |