32 「いらっしゃ、い、ま」 「お、いた」 キャップを反対にかぶった姿がよく似合う。久しぶり、といっても一週間ぶりに会う三井は、なんだか日に焼けて逞しく見えた。 「合宿、おつかれさま」 「ありがと」 「どうだった?」 「まあまあだったな」 そんな風に言うくせに、三井はどこか満足げな顔をしている。合宿の結果、きっとそこそこ良かったんだろう。それに、みんなとたくさんバスケができて楽しかったんだろうな。言葉の裏に隠された感情が容易く読み取れるようになってから、三井の強がりはなんだか微笑ましい。 「今日何時まで?」 「えっと、あと一時間くらい」 「一緒に帰れるか?」 「良いけど、」 待たせちゃうよ、という言葉は、三井の食い気味の「じゃあ待ってる」で引っ込んでしまった。テーブル席でアイスコーヒーを注文し、月バスを読む三井の横顔は真剣だ。もう週末には広島へ向けて出発するのだろう。 約束通り一時間後、バイトを上がったわたしは三井に声をかける。真剣に雑誌を読み耽る三井は、三度目でやっと返事をした。このまま読ませてあげたら良かったかな、と今更ながら後悔をする。店長に挨拶をし、三井がお会計をしている間に、裏口に置いてある自転車を取りに行く。 「お前、今日チャリなの?」 「うん。学校ないから」 「ふーん」 「え、ちょっと、何」 荷台に跨った三井が、得意のいたずらっ子みたいな顔をしてにいっと笑う。 「乗せろよ」 「やだよ。三井何キロあると思ってんの」 「合宿で疲れたなあーー」 「じゃあ真っ直ぐ帰れば良かったでしょ」 あ、いやなこと言っちゃった。今のはそんなつもりじゃなくて。弁明しようと三井を見れば、本人はなんてことないようににたにたと意地悪に笑って、「いい加減観念しろ」とでも言いたげに相変わらず荷台に座っている。 これはきっと、わたしが漕ぐまでずっとこうしてるつもりだろう。。・・・めんどくさいから、とりあえず漕いでみよう。渋々決意し、自転車に跨ることにした。 「ふんぬー!」 「わはははは」 一漕ぎ目すらまともにペダルが踏めずにふらふらと自転車の前輪が揺れる。笑い声に振り返れば、三井が地面に足をべったりつけて踏ん張っている。くそう、やっぱりなんか企んでやがった! 「ねえ!足で地面押してるじゃん!」 「バレたか」 げらげらと笑う三井が、呆気なくするりと荷台から降りる。 その姿を見つめていれば、ハンドルを持つわたしの手のひらに、三井の手のひらが一瞬重なった。突然のことに驚いたわたしは、思わず手を引っ込める。へ、変な態度取っちゃった。だって、びっくりしたんだもん。 三井はわたしから自転車のハンドルを奪い、覗き込むように視線を合わせた。 「オレが漕ぐから後ろ乗れよ」 「いや、いい」 「重いとか言わねーぞ、オレ」 「そうじゃなくて、」 もうすぐ大会なのに、二人乗りしてケガでもしたらいやだから。小さくそう言えば、そっか、とだけ短い返事が返ってきた。心配しすぎの余計なお世話だったかな。 「送るよ」 「いいよ、合宿で疲れてるんでしょ」 「おい、冗談だそれは」 「はいはい」 「その、オレが送りたいんだ」 驚いて三井の顔を見上げれば、ふいっと視線を逸らして背を向けられてしまった。なにそれ。どういう意味。三井の表情が見たくて、慌てて自転車をひく後ろ姿を追いかけ隣に並ぶ。盗み見た三井の表情は、もういつも通りだ。沈黙の中、自転車の車輪のからからという音がする。 ねえ、三井。 わたしもね、さっき言えなかったことがあるよ。 二人乗りしてケガしてほしくないのも、本当の気持ち。あと一つ。本当はね、久しぶりに会えた三井と、少しでも長く一緒にいたいと思ったんだ。 |