31 ※三井がバスケ部に戻った頃の話です 「わっ」 出会い頭、ぽすりと胸に飛び込んだその人を確認しようと目線を上げる。 「・・・悪い」 「え、」 み、三井・・・、なの? 多分わたし、誰が見ても間抜けなぐらい口が開いている。早く謝りたいのに、ぽかんと開いた口から思うように言葉が出てこない。だ、だって、この人、本当にあの三井・・・? 「・・・んだよ」 「あ、いや、ごめん」 じろりと目線だけでわたしを見下ろす三井に、慌てて頭を下げる。人のことじろじろ見て、失礼なことしちゃった。でも、三井、すごくバツの悪そうな顔をしていた。まるで、悪戯が見つかった子供みたいな。 休み時間、トイレに行って教室に戻れば、いつも空席だった隣の席に、ようやく持ち主が座っている。 久しぶりに会った三井は、痣と絆創膏まみれの顔で、出会った頃よりも短いスポーツマンみたいな髪型をしていた。教室から、ひそひそと遠巻きに三井を噂する声がする。当の本人は、どこか居心地が悪そうに、不良時代によく見た険しい顔で座っている。長かった前髪を切ったおかげで、盗み見た三井の表情がよくわかった。 もしかしたら、三井は。そう思うと、嬉しいのに泣き出しそうになるみたいに、ぐちゃぐちゃな感情で胸がぎゅっとなった。 「あんま見んなよ」 「ご、ごめん」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 怒っているのかと思いきや、困ったような顔で宙を見ている。バスケから離れ、この数年で変わってしまったかと思ったけれど、やっぱりこの人は、わたしの知っている三井だ。 そう思うと、話しかける勇気がわいてくる。 「髪切ったの?」 「ああ」 「バスケ、またやるの?」 「・・・おう」 ぶっきらぼうな返事の割に、三井の口調は心なしか楽しそうに思える。そうか、やるのか。・・・そうなんだ。 バスケ、やるんだ。 三井の言葉を何度も何度も心の中で噛み締める。 「なに笑ってんだよ」 「・・・へへっ」 わからないけど、なんか嬉しくて。そう言えば、三井は眉間に皺を寄せ、唇を尖らせる。あれ、わたし、気持ち悪いこと言っちゃったかも。だって三井、見たことない変な顔している。 それでも笑みを隠せない。わたしはどうしてこんなに嬉しいのだろう。 「髪型、今の方が似合ってるよ」 「・・・るせ」 かくん、と落ちるような感覚で目を覚ます。隣から視線を感じれば、三井が目を三日月型にして、意地悪な顔で吹き出していた。 ・・・そうだ。今、夏休み前のホームルーム中で。先生の話が長いから、頬杖をついてうとうとして、そのまま。 「よく寝てたぜ」 「もうホームルーム終わったの?」 「ああ」 そんなにぐっすり寝ていたとは。三井は面白いものでも見たように、いつまでもにやにやしている。もう、笑わないでよ。 「先生、なんか大事なこと言ってた?」 「んー、たぶん言ってない」 「三井も聞いてないんじゃん」 これは友達に聞くしかないな、と早々に諦める。いよいよ夏休みに突入した教室は騒がしい。早々に教室を飛び出して行った人もいれば、教室に残っておしゃべりをしている人もいる。わたしも帰ろうとカバンに荷物をまとめていると、隣でじいっとわたしを見つめる三井の気配がする。 「どうした?」 「あー、」 歯切れが悪い三井は、天井を見たり机を見たり、あっちこっちに視線がいって忙しい。これはなかなか言い出さないパターンかもしれない。三井の返事を待ちながら、わたしは再び引き出しから荷物を出し、カバンに詰め込んでいく。 「その、」 「うん」 「夏休み、お前に会いたい時はどうしたらいい?」 「は」 予想外のその言葉に、荷物をまとめる手が止まる。・・・なにそれ、冗談?ゆっくりと三井を見れば、とてもじゃないけど冗談という顔をしていないから心臓が急にどきどきとした。だって、ほっぺから耳まで真っ赤なんだもん。 「じ、じゃ、家の番号教える」 「おう」 慌てて取り出したルーズリーフの端に、電話番号をメモする。な、なにそれ。夏休み、会いたくなったらって。あのときの、三井の顔。思い出したらこっちまで頬が熱を帯びていく。どうか、三井が気づきませんように。 「はい」 「・・・連絡していい?」 「うん」 こちらを見る三井と目を合わすことができず、カバンを整理しているフリをする。 三井はわたしの渡したルーズリーフを綺麗に折り、大切そうに胸ポケットにしまう。ただの紙切れなのに。まるでわたしが大切にされているみたいな錯覚をしてしまう。 どうしよう、いつまでも頬の熱が引かない。これじゃあ顔をあげることができない。 三井のやつ、一体どうしてくれるんだ。 |