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「うわ、」
「なにしてんの」

じっくりとコンビニの新作アイスを吟味し、ようやくこれだと決めたわたしはるんるんで自動ドアを出た。開いたドアの先、あんぐりと口を開けた三井と出会す。・・・なんてこった。

「アイス買いに来た。・・・三井は?」
「あー、赤木んちで追試の勉強してて、その買い出し」
「三井、赤点何個取ったの?」
「・・・・・・」

ぷ、と思わず吹き出したのを、慌てて咳払いで誤魔化す。赤木が本腰を入れて教えるということは、きっと赤点を四つ以上取ってしまったんだろう。いつまでも返事のない三井をそっと見上げれば、眉間に皺を寄せ、唇を尖らせている。ああ、笑ってるのバレちゃってたみたいだ。

「笑うな」
「ごめんごめん。・・・じゃあ、わたし行くね。アイス溶けちゃうし」
「おい、すぐ買ってくっから、そこで待ってろ。送ってく」
「大丈夫だよ。赤木んちとうち逆方向だし」

この前少し言い合いみたいになってしまってから、こうして軽口を叩くように話すのは初めてだ。少しの間のことなのに、なんでかひどく懐かしい。いつも通りの三井との会話が、なんとなく気恥ずかしくて、でもにやけてしまうくらいに嬉しくて。こんな顔、三井に見られたら変に思われる。だからこそ、ここで別れておきたかったのに。
アイス、どうしよう。コンビニの中の三井は、かごいっぱいに飲み物やらお菓子やらを詰め込んでいる。時間がかかりそうだから、もうここで食べちゃおうか。
アイスを半分ほど食べ進めたところで、両手いっぱいのビニール袋を抱えた三井がようやくコンビニから姿を現した。

「何か持とうか?」
「いや、いい。・・・待たせて悪かったな」

三井はわたしのアイスの残量に気付き、申し訳なさそうな顔をする。別に、そんなこと気にしなくていいのに。わたしが勝手に待っていたんだし。三井は両手の荷物が重いのか、たくさん飲み物の入ったビニール袋を持ち直している。

「やっぱ、ここで大丈夫だよ。うちすぐそこだし。荷物重いでしょ」
「いや、送る」
「・・・まさか、サボり?」
「それもある」

三井のげっそりとした顔を見れば、赤木にタワケやらバカモンがやらを言われている姿が容易に想像できた。想像したら、やっぱり笑ってしまう。なんやかんや、三井も赤木には弱い。だから笑うなと、バツの悪そうな顔をして、三井がゆっくりと歩き出す。わたしはその隣に並んで、久しぶりに三井の横顔を見つめた。

「追試、三井なら大丈夫だよ」
「そうかあ?」
「うん。三井は勉強しないだけで、地頭良いし」

でも、三井がちゃんと追試受からなきゃ、全国制覇もできなくなっちゃうよ。そう続ければ、大きなため息のあと、やるかあ、と力無い返事が返ってくる。
あの角を曲がれば、もうすぐ家に着いてしまう。そんなことを考えているわたしの気持ちを見透かしたかのように、三井が言う。その問いかけに、大きく心臓が跳ねた。

「お前も来るか?」
「いーよ、すっぴんでこんな格好だし」
「それはそう。夜だし一人だし、危ねえからあんま短いの履くなよ」
「出た、お父さん」

違う、と三井は真剣なまなざしでわたしを見つめる。立ち止まる三井につられて、わたしも足を止めた。何かを訴えるかのような瞳を見つめ返せば、三井はぽつりと言葉を落とす。

「・・・心配してんだよ」
「うん。気をつける」

わたしの返事を聞いて、三井は頷き、またゆっくりと歩き出した。
三井と帰る時間は、いつもあっという間だ。
なにも特別なことなんてないのに、どきどきして、なのに心が落ち着く。たくさん笑う日も、大した会話のない日も、気づけばもう家の前で。
家に着いてしまうのが、いつからかこんなに寂しい気持ちになっているなんて。三井はきっと、知らないだろう。玄関の灯りが見える。あと少しで、三井とはバイバイだ。

「荷物重かったよね。送ってくれてありがとう」
「おー」
「明日、追試頑張ってね」
「ああ、・・・おやすみ」

おやすみ、だって。三井の言葉がやけに甘ったるく感じて思わず面食らってしまう。なんだか急に恥ずかしくなって遠慮がちにおやすみ、と返せば、三井は綺麗な形の眉を下げてはにかみ、小さく手を振った。



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