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「ち、ちちちちちょっと!三井サン!」
「あ?」
「あ、じゃないでしょ!何スカしてんの!?」
「ンだよそんな騒いで」

三年三組の教室に向かって全速力で駆け、勢いよくクラスを覗き込む。そこにはスカした顔で今まさに帰ろうとカバンを担ぐ三井サンがいた。・・・おい、なに呑気に帰ろうとしてんだよ。走って止めてこいよ!

「さっき名字サンが男と帰ってましたけど」
「知ってる」
「知ってんの!?」

ご承知かよ。だったら、なんで、なおさら。
・・・なんか変だ。いつもの三井サンだったら、こういう時、あからさまにかっこ悪くあわあわするくせに。今日は嫌に落ち着いている。・・・まさか、オレが知らない間に、なんかあったのか?
三井サンの落ち着きの理由を探ろうとあれこれ記憶を思い起こす。考え込んでいたら、窓際の女子とぱちんと目が合った。そういやここ、三年の教室だった。そんなこと気にせず驚きのあまりここまで走ってきてしまった。ちらちらと感じる視線から逃げるように、三井サンの腕を引いて慌てて教室を出る。

「ちょ、帰りながら話そう」

ぐいぐいと腕を引き、三井サンと昇降口へ向かう。三井サンはされるがまま、相変わらずのスカし顔でオレに大人しく従っている。おいおい、何がどうなってんだよ。なんで名字サンがあんなぽっと出の男と。

「ねえ、名字サンと帰ってたの、誰なんすか?」
「あー、三年の、サッカー部のキャプテンだったやつ」
「はーん、どっかで見たと思った。だけどなんで名字サンと?」

知らねーよ。吐き捨てるようにそう言って、三井サンは転がっている空き缶を勢いよく蹴った。空き缶はからからと音を立てて、遠くまで転がっていく。あちゃー、内心動揺してんじゃねえか。なにやってんだよ、三井サン。そんな顔すんなら、なんで引き留めなかったんだ。

「引き留めれば良かっただろ」
「・・・この前ちょっとあいつと言い合いになって、そんで、その」

オレが結構強めに言っちまったんだよ。と、さっきまでの虚勢をみるみるうちに剥がした三井サンは、途端に萎れていく。はあ、ようやくいつもの三井サンに戻った。っつーか、なんでオレが人様の恋路をこんなに心配しなきゃいけねーんだ。しかも昔ぼこぼこにされた先輩の。

「んなこと気にしてどーすんすか。名字サン、他のやつに取られてもいいのかよ!」
「良いわけねーだろ」
「え」
「あ?」
「待って、自覚あったの!?」

なっ、とか、はあ?とか返ってくるかと思いきや、思いがけず男らしい返事がきてこっちが驚く。なにこの人、無自覚かと思ってたのに、ちゃんと名字サンのこと好きって自覚あったんだ・・・。

「なおさら引き留めなきゃじゃん」
「・・・んなことわかってんだよ」

いよいよ頭を抱えだした三井サンはその時のことを後悔しているのか、大きな大きなため息をつく。いきなり佐藤が教室に来て、名字も飛び出して行っちまうし。引き留めようがなかったんだ。三井サンの声も背中も、どんどん小さくなっていく。

「そんな悩むなら、さっさと好きだって言えばいーじゃよ」
「それは、今じゃねえと思って」

あいつ、受験勉強かなり頑張ってるし。オレも選抜あるし。半端なこと出来ねえから、それ全部終わってから言うつもりなんだよ。
三井サンにしては至極まともな答えが返ってくるから更に驚く。この人、めちゃくちゃ名字サンのことを大切にしてると思っていたけど、まさか、ここまでとは。
目を点にしていたら、なんだよ、と悪態づいたいつもの憎たらしいあの顔で、三井サンはオレを見下ろしている。ははん、きっと少し冷静になって、今更恥ずかしくなってきたんだろう。この人にも、可愛いところもあるもんだ。

「真面目だなー。付き合う時とか、親に挨拶行きそう」
「あー、まああいつの母親にもこの前一応挨拶した」
「へ!?」

偶然だったけど、飯誘ってもらったし。その時はきちんと挨拶行くつもり。と三井サンは言い加える。いや、なんで親に会ってんだ。飯って、何。っつーか、付き合う前提・・・。
名字サンの母親、友達。自分の親友たち、部活の仲間。この人、あっという間に名字サンの周りを固めてしまった。

「三井サンって、周りから固めるタイプだったんすね」
「るせ」
「うわ、確信犯かよ」

怖い人に捕まっちまったなあ、名字サン。かわいそう。多分この人、逃す気ないよ。



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