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※モブ出突っ張りです。

「名字、」

教室のドアからひょっこりと顔を出した佐藤くんが、わたしに向かって片手を上げた。わたしもそれに倣っておずおずと片手をあげる。満面の笑みの佐藤くんと違って、わたしの笑顔はきっと、ひどい苦笑いだろう。だってまさか、こんなダイナミックな登場するなんて。チラチラとわたしと佐藤くんを見比べるクラスメイトたちの視線に耐えきれず、何より、隣から穴が開くほどに見つめてくる三井の視線に耐えきれず、わたしは慌ててカバンを引っ掴み、教室を飛び出した。





「どこか寄って帰ろう」

そう言う佐藤くんにノーとは言えず、近くに新しく出来たカフェに寄ることになった。わたしは多分、押しに弱いんだろう。結局、佐藤くんからの二度目の誘いは断り切れなかったのだし。だって、あんな大勢の人のいる廊下でお願い、と頭を下げられてしまったら、断ることなんてできなかった。なんで佐藤くんが、わたしを?疑問に思いながらも、こうして何も聞けずに隣を歩いている。いや、もしもそうだったら、と思うと、その先に触れたくなくて、敢えて聞かずにいるのかもしれない。わたしは、さっきからずっと、自分のことだけしか考えていない。

「何飲む?」
「あ、えっと、」

どうしてこんなことになったんだっけ。わたし、佐藤くんとろくに話したこともなかったのに。佐藤くんは楽しそうにクラスや部活のことをあれこれ話して、わたしにも質問をしてくれる。きっと、一緒にいたら楽しい人なんだろうなあ。一緒にいるのはわたしなのに、他人事のようにそんなことを思う。

氷が溶けて分離していくカフェラテをストローでくるくるかき混ぜながら、わたしはこの場を乗り切るために、話の面白そうなところで笑って、適当な相槌ばかりをする。これじゃあまるで、バイト先にくる話の長いお客さんの相手をしている時と同じだ。
三井には誠実さを求めたくせに、わたしだって空返事ばかりで、まるきり不誠実だ。
どうしてあのとき、わたしは三井にあんな理想を求めてしまったんだろう。


空になったグラスを見て、そろそろ帰ろうか、と佐藤くんが席を立つ。

「楽しかったね」
「うん」
「家まで送るよ」
「ありがとう。でもすぐそこだから大丈夫」

あの、と何かを言いかけた佐藤くんに気づかないふりをして、わたしはまた明日、と手を振ってその場を駆け足で去った。
こんなひどいことをするのなら、あの時きちんと断っておけば良かった。
三井の言うとおりだ。
わたしもきっと、好きな人しか大切にできない。



帰り道、夕焼けのなか、三井と行ったラーメン屋さんの前を通り過ぎる。いつも通りのいい匂いと、店員さんの元気の良い掛け声がする。ここで、チャーシューとナルト、交換してもらったっけ。あの三井が、文句も言わずに交換してくれたなあ。食べるのが遅いわたしを文句も言わずに待っていてくれて、あ、あと、店員さんを呼ぶ声、びっくりするくらい大きかった。
さっきまで佐藤くんといたはずなのに、わたしはずっと、彼と三井を比べて、三井のことばかりを思い出している。
なんで三井とのことは、くだらないことでさえ、こんなにも覚えているのだろう。

青信号になって、横断歩道を歩き出す。ここから先、道路が狭くなって、ガードレールが無くなる。別にどっちを歩いても気にしないのに、三井はいつも自然に道路側を歩いてくれた。
このコンビニで、宮城くんと会って三人でアイスを食べて、部活で疲れてるはずなのに、危ないから、と会うたびいつも律儀に家まで送ってくれた。

好きなやつしか大切にできないと、三井は言う。

三井の好きな人も三井を好きだったら、もうこうやって、気軽に話したり一緒に帰ったりもできなくなるんだろうか。それがなくても、卒業したら、もう理由なく会えなくなっちゃうのかな。

最近ずっともやもやしていたこの気持ちには、きっと答えがある。このわけのわからない漠然とした寂しさも、三井へ抱いている勝手な理想も、ちゃんと理由がある。気づかないふりをしているだけで、どこかでわたしはもう、それをわかっているはずだ。

この帰り道、どこかで三井に会えたら。

いつもどこかで、そんな淡い期待をしている。
もう逃げるのはやめよう。
そして、もしもその答えを見つけたのなら、きちんとその気持ちに向き合おう。



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