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※一年の時の話

「わっ」

教室に飛び込んできた三井くんと出会い頭にぶつかった。勢いのわりに、三井くんが持ち前の反射神経で急ブレーキをかけてくれたおかげで、彼の胸元にぽすりとぶつかるだけですんだ。至近距離から三井くんを見上げれば、両手を合わせ、申し訳なさそうな顔でぺこりとお辞儀をする。

「悪い!」
「いや、」

大丈夫だよ、という言葉を言おうとする頃には、三井くんはあっという間にクラスの輪の中心にいた。笑うたび白い歯がこぼれ、鬱陶しそうに掻き上げた前髪は、すぐにさらさらとこぼれていく。彼の周りだけ、きらきらと光の粒が見えるみたい。他の人には見えないのに、不思議。きっとそのきらきらを食らった女子たちはみんな、遠巻きに三井くんを見つめていた。
モテそうだもんなあ。
なんて、他人事のように思いながらわたしは教室を後にした。

「木暮、教科書ありがとー」
「ああ、また困ったら言ってくれ」
「ありがとう!木暮が同じ高校で良かったよ。赤木はうるさいから借りれないし」

バカモンが、時間割は確認してるのか、ちゃんと準備はしてるのか。お母さんみたいにガミガミ言う赤木が頭に浮かんで、慌ててふるふると頭を振った。想像しただけでお腹いっぱいだ。ほんと、木暮がいてくれて良かった。

「お前が赤木の教科書に落書きばっかりするからだろ」
「バレてた」
「はあ、変わらないなお前らは」

頭を抱える割には、やれやれという顔は柔らかい。二人が同じ高校だと分かった時は、正直とても嬉しかった。普通に仲良いくらいだと思っていたけれど、わたしにとってはいつのまにかとても大事な友達になっていたらしい。二人にとっても、そうだといいな。

「そういやお前のクラス、三井がいたよな」
「うん」
「あいつも、バスケ部なんだよ。中学MVPなんだ」
「へえ」

全然興味なさそうだな、と木暮が困ったように笑う。そりゃあ、さっき初めて話したくらいだもの。確かに、かっこいい子だな、くらいは思うけど。ただそれだけだ。

「三井のこと、どう思う?」
「え?なんで?」
「いいからほら」
「えー、ええ、うーん・・・、ちょっと苦手」

三井くんはいつもクラスの中心にいて、叶うかのように、大それたことを言っている。いつも明るくて前向きで、誰にでも分け隔てなく接することができて。確かに、この人だったらやってくれるかもしれないと思わせる雰囲気がある。だけど、あの自信と完璧さが、なんだか苦手だと思った。わたしには聖人のように思えて、その完璧さが年不相応で、少し怖いのかもしれない。

「それよりなんでそんなこと聞くの?」
「まあちょっと頼まれごと」
「え?なんの」

ははは、と木暮は笑う。これはあれだ。これ以上聞くな、と話を逸らす時に木暮がいつもするクセだ。こういう時の木暮は決して口を割ることはないので、もう諦めるしかない。

「ああ、でも、さっきぶつかったとき、良い匂いしたかな」
「はは、これ聞いて喜ぶかな」
「ねえさっきから何の話?」

笑い声のわりに、木暮の眼鏡の奥の目は、全然笑ってない。この人、さらりと嘘ついたりするから怖いんだよなあ。そんなことを考えながら木暮を見つめていれば、ふとその姿に影がかかった。

「三井」
「よ、よお、木暮」

音もなく隣に立った人影に顔をあげれば、今まさに噂をしていた三井くんが立っている。三井くんはどきまぎとして、明後日の方を向き瞬きを繰り返す。
あ、これ、わたしお邪魔なやつかもしれない。

「それじゃあわたし行くね」
「は!?」

大きな声に思わず三井くんを見上げれば、バツが悪そうな顔で、あ、とかえ、とか言っている。そんな、気を使わなくてもいいのに。

「二人で話あるんだよね」
「いやっ、・・・ある」

ぷっと木暮が小さく吹き出し口元を慌てて手で覆った。なんとも歯切れが悪くしどろもどろな三井くんは、教室では見たことがない姿だ。この人、こんな顔もするんだ。

「あ、名字」
「ん?」
「その、さっきぶっかったとこ、大丈夫か?」
「うん。わたしもごめんね」
「良かった」

白い歯を見せて笑う三井くんは、やっぱり爽やかだ。こうしてみると、彼も同じ年のただの男の子に見える。しかも、さっきの三井くん、ちょっと面白かった。なんでか知らないけど、一人であわあわしちゃって。思い出したらちょっと笑える。

「おい、オレのことで笑ってんじゃねえよな」
「いやまさか、ぷ」
「おいこら」

三井くんがわたしの頭をぽかんとはたこうとするので、慌てて駆け出し距離を取る。手を振る木暮に手を振り返し、わたしはそのまま教室へと戻った。

三井くん、話してみたら結構いい人だった。さっきまでの苦手意識は、もうほとんどなくなっていて、もしかしたら友達になれるかも、なんて都合良く思いはじめている。



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