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「うわ、三井サンなんか汗くさいっすよ」
「あ?そうか?」
「ほら、これで拭きなよ」
「待ってどれぐらいくせえ?ちょっと嗅いでくれ宮城」
「やだよ気持ち悪いな!」

ぶつぶつ言いながら自分のにおいを嗅いでいる三井サンを置いて先に部室を出れば、「おい待てよ」と慌てた様子で追いかけてきた三井サンが、体重をかけがっしりと肩を組んできた。うわ最悪。汗くさいなんて言ったから、絶対わざとやってるだろこれ。重い腕を振り払い露骨に嫌な顔をすれば、三井サンはニヤニヤと意地悪い顔で笑う。こういう顔、似合うなあ。さすが元ヤン。

肩を組もうとしてくる三井サンとそれを必死で振り払うオレ。そんなどうでもいい攻防戦をしていれば、体育館前の渡り廊下から、今まさに帰ろうとする名字サンの後ろ姿が見えた。

「ねえ、三井サン、ほら、名字サン」
「んなのひっかかんねーぞ」
「いやいやマジだって」

隙ありとばかりに肩を組んできた三井サンに、彼女の後ろ姿を指差して教える。勝った勝ったとガキみたいに喜んでいる三井サンは全然そんなことに気づいてない。この人ほんとに年上かよ。・・・しょうがねえな、呼んでやるか。

「名字サーーン」
「宮城くん!・・・と三井」
「オレはオマケか」

一緒にいる友達に一言声をかけ、名字さんが駆け寄ってきた。肩を組んでるオレたちは側から見たらどんなに間抜けに見えることだろう。肩で軽く三井サンの腕を持ち上げ冷たい視線を向ければ、我に帰った三井サンは何もなかったかのような顔で名字サンがこちらに来るのを待っている。・・・いや、何急にすました顔してんだ。

「宮城くん、久しぶり」

手を振りながら駆け寄って来た名字サンは、近くで見ると雰囲気がいつもと違う。めずらしくパキッとしたメイクに、ゆるく巻かれた髪が風に吹かれてふわふわと揺れている。

「今から部活?」
「そうだよ。ごめんこっち呼んじゃって。友達大丈夫だった?」
「うん、へーき」

久しぶりだから、宮城くんとちょっと話したかったし。
久々に相変わらずのド直球をくらい、少しどぎまぎとする。名字サンが笑うと、つやつやとした唇に自然と目がいった。

「名字、こっち向け」
「なに?」

じい、と効果音がつきそうなくらいに至近距離で、三井サンが名字サンを見つめている。見つめて、というより観察という表現に近いのかもしれない。名字サンは言われるまま、素直に三井サンの顔を見上げていた。なんか見る人が見たら、真剣に見つめ合っている男女なんだろうけど、実際は随分と色っぽさのないものだ。

「やっぱり、いつもと違うな」
「そう、メイクしてもらったの。どう?」

髪も巻いてもらったんだよ。
名字サンの色素の薄い瞳が、三井サンを見つめ答えを待っている。
どうって、ちょっと、いや、かなりかわいい。

「まあ似合ってなくはねえけど」
「はあ?」

がっかりしたように名字サンが肩を落とした。あーあ、かわいそう。かわいいくらい、言ってやれば良かったのに。仕方ない、オレがお手本見せてやるか。

「名字サン、オレ、今日の感じ好き」
「ありがとー宮城くん」

ほうら、どうだ。ドヤ顔をして三井サンを見上げれば、そうかあ?と顎に手を当てなんとも間抜けな返事が返ってきた。

「オレはいつもの名字の方が好き」
「は!?」

名字サンのマスカラを塗った長いまつ毛が、ぱたぱたと忙しなく瞬きをする。三井サンがあまりにも真っ直ぐに言うもんだから、名字サンがそのド直球を食らって顔を真っ赤にしている。いつもとは逆の光景だ。悔しいけど、オレじゃ名字サンにこんな顔させられない。当の本人はなんてことのないように、顎が外れそうなくらいの大あくびをしている。
好き、て。どうせこの人のことだから、なんの意識もしてなくてぽろっと出ちまったんだろうけど。・・・この妖怪人たらしめ。この調子じゃ、三井サンが自分の気持ちに気づくのはうんと先なんじゃないか。バスケ以外は大分アホだし。・・・はあ、先が思いやられる。

「どこいくんだ?」
「カラオケだよ。それからプリ撮るの」
「ふうん」

娘を心配しているお父さんみたいな顔で、三井サンは名字サンを見下ろしている。今度こそ心配の一言ぐらい、言ってみたらどうだ。ほら、勇気出せ。

「あんま帰り遅くなるなよ」
「え?なに、お父さん?」

あーあ。だめだこりゃ。




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