20 「三井!」 元気よく呼ばれた声の主を探せば、名字がコートの反面から顔を出して手を振っている。 今日の体育は体育館を半面ずつに分け、女子はバスケ、男子はバレーをしていた。外も暑いが体育館も空気がこもって死ぬほど暑い。 ひとつ前の試合に参加したオレは、コートの隅に座ってぼんやりと次の試合を見つめていた。中央に引かれたボール避けのネットの隙間から顔を出した名字は、早く早く、とオレを手招きして呼んでいる。 重い腰をあげ、ネットの向こうから顔を出す名字の方へ歩き出した。 「んだよ」 「三井のあのシュート教えて!」 「・・・スリーポイントか?」 「そうそう!」 ちょっとやって見せて。名字は持ち出してきたバスケットボールを小さくこちらに向かってパスし、きらきらとした目でオレを見上げている。なんだ突然。オレのシュート見て、どうするんだろう。 壁側に寄り、ゴールをイメージしてボールを放つ。弧を描くようにして、ボールはするすると地面に向かって落ちていく。なかなか良かった。今のは入ってたはずだ。 「ほらよ」 ボールを拾い、名字にパスをする。あたふたしながらなんとかボールをキャッチした名字は、相変わらずきらきらした目でオレとボールを見比べた。 「三井のシュートって、きれいだよね」 「・・・・・・」 何も言い返せないくらいには面食らってしまった。こいつの褒め言葉はストレートすぎる。嘘やお世辞なんて言えるタイプじゃないのがわかっているから、余計だ。 「どの試合見てても、三井のフォームが一番きれいなの」 シュートが入るって、放った瞬間にわかるって、すごいよね。 手のひらの中のボールを見つめて、名字は目を細めた。そんな目で、いつもオレの試合を見ていたのだろうか。そう思うとなんだか照れくさい。もしかしたら、なんて、あるはずないことを考えて、慌てて頭を振った。 「女子には難しいんじゃねえか。ボール重いし」 「でも、三井と同じのがいい」 何だそれ。 思わずぽかんとしているオレを、不思議そうに名字が見上げ、早くして、と急かす。・・・こいつって、なんでこう真っ直ぐなんだ。 「ほら。手はこう、下半身使って跳んで」 「こう?」 「いや、こう」 腕の位置を調整するために掴んだ手首は、驚くほどに細い。こいつが風邪を引いた時にも、同じことを思ったっけ。傘に入れた時も自分の隣にすっぽりと収まるし、オレのジャージはあんなに大きく見えた。普段あまり意識してない体格差も、こういう時にふと感じると、どきりとしてしまう。 「おら、やってみろ」 「見ててね」 そう言って名字が跳ぶ。ボールは弧を描いたが、到底ゴールまで届く距離ではない。名字が跳ねると、高く結ったポニーテールがふわふわと揺れた。 近くで「名字っていいよなぁ」と小声で話す男の声が聞こえる。うるせえ。見てんじゃねえ。咄嗟に口から出そうになるのは、そんな言葉だった。これじゃあまるで。 「どうした?」 「あ?」 「なんか変な顔してたから」 「ぶっとばすぞ」 なんでもねえ、と言えば、名字は探るようにオレの目を見る。 「三井、もっかいやって」 「・・・いーけど」 当たり前のように何度もやっているシュートだが、こいつみたいな素人から見ても綺麗に見えるのだろうか。それとも、オレのだから?なんて、こんな都合のいい考えばかりが浮かんでしまう。 再び放ったボールは、やはりするすると綺麗な弧を描いて落下した。 「わかったか?」 「ごめん、三井のフォーム見てたら終わってた」 「おい」 そんなことを言われても悪い気はしないのだから、こいつのこういうところに踊らされるばっかりだ。 「うーん、難しいな」 「練習すりゃいつかできるかもな」 「練習、付き合ってくれる?」 ピピ、と女子側で試合終了の笛が鳴る。 あ、出番だ、と名字が慌てた様子でオレが掴んでいた腕を解いて、するりと逃げるように走り出した。 「三井!」 「あ?」 「シュート決めるから見ててね!」 振り返りながら大きく手を振る名字の後ろ姿を見つめる。 走り出した名字の腕を、離したくないと思った。 オレだけがアイツの特別でありたいと、ようやく認めたこの気持ちに名前をつけるとするならば、それはとてもシンプルだ。 |