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「三井!」

元気よく呼ばれた声の主を探せば、名字がコートの反面から顔を出して手を振っている。

今日の体育は体育館を半面ずつに分け、女子はバスケ、男子はバレーをしていた。外も暑いが体育館も空気がこもって死ぬほど暑い。
ひとつ前の試合に参加したオレは、コートの隅に座ってぼんやりと次の試合を見つめていた。中央に引かれたボール避けのネットの隙間から顔を出した名字は、早く早く、とオレを手招きして呼んでいる。
重い腰をあげ、ネットの向こうから顔を出す名字の方へ歩き出した。

「んだよ」
「三井のあのシュート教えて!」
「・・・スリーポイントか?」
「そうそう!」

ちょっとやって見せて。名字は持ち出してきたバスケットボールを小さくこちらに向かってパスし、きらきらとした目でオレを見上げている。なんだ突然。オレのシュート見て、どうするんだろう。
壁側に寄り、ゴールをイメージしてボールを放つ。弧を描くようにして、ボールはするすると地面に向かって落ちていく。なかなか良かった。今のは入ってたはずだ。

「ほらよ」

ボールを拾い、名字にパスをする。あたふたしながらなんとかボールをキャッチした名字は、相変わらずきらきらした目でオレとボールを見比べた。

「三井のシュートって、きれいだよね」
「・・・・・・」

何も言い返せないくらいには面食らってしまった。こいつの褒め言葉はストレートすぎる。嘘やお世辞なんて言えるタイプじゃないのがわかっているから、余計だ。

「どの試合見てても、三井のフォームが一番きれいなの」

シュートが入るって、放った瞬間にわかるって、すごいよね。
手のひらの中のボールを見つめて、名字は目を細めた。そんな目で、いつもオレの試合を見ていたのだろうか。そう思うとなんだか照れくさい。もしかしたら、なんて、あるはずないことを考えて、慌てて頭を振った。

「女子には難しいんじゃねえか。ボール重いし」
「でも、三井と同じのがいい」

何だそれ。
思わずぽかんとしているオレを、不思議そうに名字が見上げ、早くして、と急かす。・・・こいつって、なんでこう真っ直ぐなんだ。

「ほら。手はこう、下半身使って跳んで」
「こう?」
「いや、こう」

腕の位置を調整するために掴んだ手首は、驚くほどに細い。こいつが風邪を引いた時にも、同じことを思ったっけ。傘に入れた時も自分の隣にすっぽりと収まるし、オレのジャージはあんなに大きく見えた。普段あまり意識してない体格差も、こういう時にふと感じると、どきりとしてしまう。

「おら、やってみろ」
「見ててね」

そう言って名字が跳ぶ。ボールは弧を描いたが、到底ゴールまで届く距離ではない。名字が跳ねると、高く結ったポニーテールがふわふわと揺れた。
近くで「名字っていいよなぁ」と小声で話す男の声が聞こえる。うるせえ。見てんじゃねえ。咄嗟に口から出そうになるのは、そんな言葉だった。これじゃあまるで。

「どうした?」
「あ?」
「なんか変な顔してたから」
「ぶっとばすぞ」

なんでもねえ、と言えば、名字は探るようにオレの目を見る。

「三井、もっかいやって」
「・・・いーけど」

当たり前のように何度もやっているシュートだが、こいつみたいな素人から見ても綺麗に見えるのだろうか。それとも、オレのだから?なんて、こんな都合のいい考えばかりが浮かんでしまう。
再び放ったボールは、やはりするすると綺麗な弧を描いて落下した。

「わかったか?」
「ごめん、三井のフォーム見てたら終わってた」
「おい」

そんなことを言われても悪い気はしないのだから、こいつのこういうところに踊らされるばっかりだ。

「うーん、難しいな」
「練習すりゃいつかできるかもな」
「練習、付き合ってくれる?」

ピピ、と女子側で試合終了の笛が鳴る。
あ、出番だ、と名字が慌てた様子でオレが掴んでいた腕を解いて、するりと逃げるように走り出した。

「三井!」
「あ?」
「シュート決めるから見ててね!」

振り返りながら大きく手を振る名字の後ろ姿を見つめる。
走り出した名字の腕を、離したくないと思った。

オレだけがアイツの特別でありたいと、ようやく認めたこの気持ちに名前をつけるとするならば、それはとてもシンプルだ。



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