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ひょっこりと部活に顔を出した名字は、今にもしにそうな顔をして、重そうなビニール袋を両手に持ってその場に踏ん張っている。休憩中の赤木と木暮を大声で呼び、名字に気づいた二人は慌てた様子で駆け寄ってその両手から袋を受け取った。
三人は何やら楽しげに笑って、なんなら名字は赤木から軽め(でも充分涙目になるぐらい痛そうにしている)のゲンコツをもらって、ぐしゃりと頭を撫でられている。
・・・なに話してんだ?

「行ってくれば?」
「あ?」

宮城が隣でオレのわき腹をつつく。三人を見つめながらひそひそと話すオレらの視線に気づいた名字が、ひらひらとこちらに手を振った。
ほらほら。ニヤニヤとした目線を寄越した宮城をひと睨みし、名字の元へ向かう。

「なんだあの重そうな荷物」
「ああ、差し入れだよ」

なるほど。視線の先、赤木と木暮がビニール袋から飲み物を取り出しているのが見えた。あの量、こいつ一人で買いに行ったのかよ。徳男たちに荷物持ち頼めば良かったのに。

「赤木と木暮のバスケしてる姿、もっと見てたいからさ」

一応、中学からの友だちだし。
わたしには、これぐらいしか出来ないからね。名字はちょっと照れくさそうにはにかむ。

「は?オレは?」
「三井は冬まで続けるんでしょ」
「・・・そうだけどよ」

・・・そうだけど。

「おい、今日バイト何時までだ?」
「20時までだけど」
「店行っていい?」
「いいけど、どうしたの?」
「・・・別に」
「変な三井。まあいいや、じゃあ待ってるね」





「お待たせ!」
「おう・・・、なんだ?」
「わたしからの差し入れ!」

店の制服から見慣れた学校の制服に着替えた名字は、左手に持ったコーヒーゼリーをぷるぷると振るわせている。そして、オレが飲んでいたカフェラテの隣にすっと並べた。

「ここのコーヒーゼリー、美味しいんだよ」

わたし、大好きなんだ。そう言いながら、名字は向かいの席に腰を下ろした。

「食っていいのか?」
「うん。わたしの奢り」
「ありがと」

でも、なんで急にコーヒーゼリー?
オレの疑問なんてお構いなしに、名字は向かいでアイスココアの上のホイップクリームだけをスプーンで掬って食べている。

「三井が一人で来るの、めずらしいよね」
「ああ、」

たしかに、一人で来るのは初めてかもしれない。前に来た時は赤木と木暮と一緒だったし。それから徳男と来たこともあったけど。

「さっきまでね、のりおくんたち来てたんだよ」
「あ?もういねーの?」

店内を見渡すが、あいつらの姿はない。なんだよ、さっきまでいたのかよ。ちょっと話したかったのによ。タイミング悪いな。

「うん。もうすぐ三井くるよって言ったら、帰っちゃった」

喧嘩でもしたの?
名字は心配そうに眉を寄せてオレを見つめる。喧嘩?・・・いや、全く覚えねえな。昼もみんなで大富豪したばっかだし。オレが徳男に革命返しをしたせいでアイツが大貧民になってたけど。・・・まさかそれが気に食わなかったのか?いやいや、勝負だし。

「でも、三っちゃんによろしくね、って言われたんだよねぇ」
「あ」

一つ思い当たる。
・・・徳男たち、オレに変な気回したな。

「なに?」
「いや、」

いくら鈍いとはいえ、これはこいつには言えねえわ。名字はじい、と疑うような目でオレを見つめる。いや、言えねえって。

「喧嘩のせいかと思った。三井が考えごとしてそうだったの」

違った?
名字はすっかりクリームだけを食べ切ったアイスココアのストローをくるくると回している。その表情からは、何を考えているのか読めない。いつも通りの呑気さで、何も考えていないようにも見えた。

「喧嘩なんかしてねえよ」
「だよねえ。あの人たちが三井のこと嫌いになるわけないもんね」
「・・・なんで?」
「あんなに真剣に三井のこと応援してる姿見たら、誰だってそう思うよ」

さっきだって明日の試合、何時に集合するかとか話してたくらいだし。ほんと、いい友達を持ったねえ。
名字はしみじみと、ばあちゃんみたいなことを言う。オレもそれは最近よくよく身に染みているところだが、なんでこいつが誇らしげなんだ。

「広島行くの楽しみだなあ」
「はあ?気が早えな」
「うん。お好み焼き食べて、牡蠣もラーメンも食べて、あと生もみじまんじゅうもお土産で買うんだ」
「食いもんばっかじゃねえか」

一つ一つ指を折って、名字は食べたいものを数えている。相変わらず食い気ばっか。オレらがもし負けたら、お前、広島行く理由無くなっちまうんだぞ。
赤木と木暮のバスケしてる姿、もっと見てたいからさ。祈るような顔で二人を見つめていた名字を思い出す。オレたちが負けるわけない。自信は十分というほどにあるけれど、もしも、を考える瞬間は決してゼロではない。
だけどこいつは、オレたちがインターハイに行くことをあらかじめ知っているかのように、誰よりも信じてくれている。さっきの言葉だって「もしかしたら二人の部活姿を見れるのが最後かもしれないから」そう伝えることもできたはずなのに。

「明日も明後日も、相手は強いの?」
「まあ、決勝リーグ上がってくるぐらいだからな」

がけっぷち、彩子の書いた文字が脳裏をかすめる。そうだ。その通り、勝たなきゃそこで終わりだ。

「三井が入った湘北よりも?」
「・・・あ?オレが入ったんだから、負けるわけねえ」
「だよね」

名字は満足したように、いたずらっぽく笑った。
きっとわかってるんだろう、今日ここに顔を出したくなった理由も。勝つと信じてそれに見合う努力もしてきた。だけど一瞬だけよぎる不安を、何も言わずともこいつはわかっているのだろう。普段はしぬほどアホだし、なんにも考えてないくせに。

「店長がね、全国決まったら、ウルトラスペシャルパフェご馳走してくれるって!」
「は?なんだそれ」
「ウルトラでスペシャルなパフェだよ」
「だからなんだそれ」

鈍いようで鋭くて、何も考えてないと思いきや、びっくりするぐらいに心の中までお見通しの時がある。不思議なやつだ。
オレは今日、誰にも言えない小さな不安をこいつに笑い飛ばしてほしくてここにきたのだろう。その望み通り、今はもう心は晴れ晴れとしている。しかし、自分の好物でオレを勇気付けようとするなんて、こいつらしくて笑えるな。言ったらどうせ怒るから、今日は黙っておいてやるか。

「明日も明後日も応援行くからね」
「おう」
「わたしも学ラン着ようかな」
「それはやめろ」

仕方ないから、こいつに広島で腹いっぱい名物を食べさせてやるとするか。



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