17

休み時間。
三井とスピードに夢中になっていたら、気づけばもうクラスにはわたしたちしか残っていなかった。どうやら無慈悲にも友達全員に置いていかれたらしい。
これは絶対、三井がトランプなんて持ってきたのが悪い。こんなん盛り上がるに決まってる。今日の昼休みにのりおくんたちと大富豪をすると、三井はホクホクした顔で言っていた。不良たちが子供みたいなことしてるのは、微笑ましくてちょっと可愛い。

「やべ、教科書ねえ」
「あっそう。じゃ、お先!」
「薄情者め!」

慌てて次の授業の準備して教室を飛び出す。あれ、予鈴ってもう鳴ったっけ。
LL教室、遠いんだよなあ。早歩きで階段へ向かっていると、慌てた様子で後ろから駆け寄ってきた三井が「てめえ、よくも置いてったな!」そう言って、隣に並んだ。

「ついてくんな」
「はあ?オレも同じ授業だろーが」
・・・そうだけど。
「だはははは!お先!!」

階段を一段飛ばしで颯爽と駆け下りて行く三井を無視していたら、途中で立ち止まった。そうしてなんのリアクションもないわたしを訝しげに見上げている。

「あ?なんだよ、ノリ悪いな」

・・・そうなんだけど。
最近、三井といるとたまあに調子が狂う。
風邪引いた時とか、この前の前髪を触れられた時とか。三井相手なのに、一緒にいるとなんでかいつも通りのわたしじゃいられなくなる時がある。
だけど、こうやって口喧嘩をしてる分にはいつも通りでいられるから、最近余計にくだらない言い争いが増えた。増えた、というより、わたしが意図的に増やしてしまっているせいなのだけど。
なんでだろう、とか。そんなむずかしいこと考えたくない。なんにも考えず、このまま毎日を楽しく過ごせればそれでいいのだ。

「あ。そういえばサクラギくん、坊主になってたね」
「あー、だな」
のりおくん、涙流して笑ってたっけ。
「ていうか三井、サクラギくんにミッチーって言われてるよね。うける」
「うるせっ」

階段の数段先を下りて行く三井が、眉間に皺を寄せて照れくさそうに振り返った。後輩からあだ名で呼ばれるなんて、不良時代の三井のことを思うとなんか笑える。だけど、自分のことじゃないのにちょっとだけ嬉しくなったりもする。なんだかバスケ部に受け入れてもらえてるみたいで。
三井は置いていこうと思えばわたしを置いていけるはずなのに、それをしないで律儀にずっとわたしのペースに合わせて斜め前を歩いている。わたしはさっき容赦なく見捨ててったのに。健気なやつめ。

「ミッチー」
「うるせえ!お前まで言うな!」
「あ!」
「おわ、」

もう一度振り返った三井が、踊り場で誰かと鉢合わせた。危ない、と言いかけたところで、相手の大きな影がのそりと動く。
・・・・・・あ。

「流川じゃねえか」
「・・・・・・・・・ス」

・・・めっっっちゃ寝てる。歩きながらこんなに器用に寝れる人っているんだ。流川くんは開かない目の代わりにまつ毛をぱたぱたと動かして返事をする。声だろうか、ルカワくんは相手が誰かわかったようで、一応といったように、こくりと小さく会釈をした。
・・・いやこれ、首がかくんってなっただけかもしれない。

「お前、寝ながら歩いたら危ねえって何回言ったら」
「・・・・・・ス」

ス、しか言わないんだ・・・。
ルカワくんも移動教室なのだろうか。教科書やノート、筆箱を持って、ぽやぽやしたものを頭の周りから出しながらその場でゆらゆらと揺れている。なんか、でっかいたんぽぽのわたげみたい。
・・・それにしても、生ルカワくんだ。しかもこの距離。こんな偶然ってある?こればっかりは三井様々だ。普段散々悪口言ってほんとごめん。

「もうすぐチャイム鳴るぞ。お前も急げよ」
「・・・ウス」

大きな体がのそのそと目の前を通過していく。
・・・階段、上れるのかな。
こんな眠ったまま歩けるものなの?人間って。ましてや、階段なんて。
・・・だ、大丈夫かな。目、開いてないんだけど。

「おい、名字も行くぞ」
「う、うん」

階段を先に下り切った三井が、心配でルカワくんから目を離せないでいる私を下から呼んだ。時間ないのはわかってるけど、せめて階段を上り切るところまで見守りたい。もしルカワくんが転がって落ちてきたりなんてしたら、あんな大きな体、三井しか受け止められる人間はいない。その時は三井を犠牲にしてルカワくんを助けよう。これはもう、授業なんて気にしてる場合ではない。

「おい、名字」
「う、うん・・・・・あ!」

目を離そうとした瞬間、ルカワくんが段差につまづいた。あ、と思ったのも一瞬で、ルカワくんはものすごい体幹で体勢を整え、何事もなかったようにまた眠りながら階段を上っていく。・・・すっごいな、スポーツマンって。
・・・じゃなくて。
階段に、ルカワくんのノートの上から滑り落ちたであろうふでばこがぽとりと落ちている。これは拾ってあげないと、絶対気づかないだろう。
慌てて後を追って階段を駆け上がり、ルカワくんのふでばこを拾う。

「ふでばこ落としたよ」

ルカワくんの隣に並んだ。起こさないように小さな声で呼びかけ、そしてルカワくんの持つノートの上に、そっとふでばこを置く。
この際だから、ルカワくんが寝ているのをいいことにそのご尊顔を観察させていただくことにする。

それにしても、本当に綺麗な顔してる。もうきっと、こんな近くで見れる機会は二度とない。まつ毛、すっごく長い。肌も白くて綺麗だなあ。鼻筋も通っていて、唇の色も綺麗なピンク色だ。イケメン、とかよりも、美しいって言葉がピッタリだと思う。男の子なのに、こんなに綺麗で羨ましい。

じいっと穴が開くほど観察していたら、寝ているはずのルカワくんの長いまつ毛がぱたぱたと瞬きをして、薄っすらとその目が開いた。そうして、斜め下にいるわたしをゆっくりと見下ろすルカワくんと目が合った。

「・・・あざす」
「う、うん。気をつけてね」
「ス」

のそりのそり、ルカワくんはまた、ゆっくりと階段を上って行く。うわあ、びっくりした。あんな至近距離で目が合うなんて。寝てるもんだと思って、油断した。心臓止まるかと思ったもん。かっこよすぎて。
瞳の色も、すごく綺麗な色をしていた。

「おい」

三井の声がして、現実に引き戻される。
・・・そうだった、移動教室の途中だったんだ。早く行くぞと急かす三井の声は、なんだか不機嫌そうだ。だいぶ待たせてしまったから、そりゃあいらいらもするか。ていうか先に行けば良かったのに。

「ごめんごめん」
「早くしろ」
「はー、ルカワくんめっちゃかっこよかったなあ。三井のおかげで話せちゃったよ。ラッキー」
「ふん」

先を歩く三井の表情は見えない。不良だったくせに、授業に遅れそうなくらいでいらいらするなんて、変なやつ。三井は見慣れてるかもしれないけど、わたしなんて一生に一度の機会だったんだから、これぐらい許して欲しい。

「はあ、どうしよう。親衛隊入っちゃおっかな・・いったいな!なんで殴るの!?」
「ほら、お前がちんたらしてるからチャイム鳴ったじゃねえか!」



- ナノ -