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「消しゴム貸して」
「・・・・・・」
「おい、無視すんな」
「はいっ!!」

やばい、三井がこっちを見てる気がする!
絶対こっち向いたら笑われる。しかもクラス中に響き渡るばかでかい声で。
こうなったら仕方ない。ちょっと行儀が悪いけど、背に腹は変えられない。三井の机があると思われる方向に向かって、消しゴムを思い切り投げつけた。

「いてっ」

げ!?や、やばい!
三井の前の席の山田くんに当たってしまったみたいだ。

「ごめん!山田くん!」
「だ、大丈夫・・・」

山田くんは後頭部を押さえながら、突然飛んできた消しゴムを三井に渡してまた前を向いてしまった。ど、どうしよう。山田くん、涙目だったんだけど。だってわたし、結構な力で投げてしまった。ほ、本当に申し訳ない・・・。わたしがただ、三井の方を向きたくないばっかりに。
・・・だって。

「!?」
「ぶははははは」
「ほらーー!!」

隙あり、とばかりに三井が顔を上げたわたしの顔を覗き込んでいた。今は理由がわかったようで、隣の席で腹を抱えて笑っている。
ほら、だからいやだったんだよ、そっち向くの!絶対爆笑すると思ったもん!

「お前なんだその前髪」
「見てわかんじゃん!切りすぎたんだよ!」
「ぶははははは」
「人の髪型見て笑うとか最悪なんですけど」
「おめーだって散々オレの髪型で笑っただろ!」

くそう。なんも言い返せない。

昨日の夜。目にかかった前髪を切ろうと思い立った。はじめはなかなか良い感じに切れたのだ。だけどそこで欲が出た。もうちょっと、と切り進めたが上手くいかない。どんどんがたがたになっていく前髪を整えるために四苦八苦してハサミを入れていたら、いよいよこんなところまで切ってしまった。
三井が笑うのも無理はない。朝から友達みんなにも笑われたし。恥ずかしい。どうにか早く伸びてくれればいいんだけど。

「おい」
「・・・なに」
「そんな気にしてんのかよ、たかが前髪じゃねえか」
「うるさい、乙女の気持ちが三井にわかるもんか」
おとめ・・・?と隣で小さく呟いた声がしたが、ムカつくから無視だ無視。
「せっかく慰めてやろうと思ったのによ」
「散々笑ったくせに!」

むかつく。さっきまで散々人のこと見て笑ってたくせに。今は「なんでそんなことで悩んでんだこいつ」みたいな顔してやがる。そうやってみんなに笑われるから気にしてんじゃん!自分でも似合ってないのわかってるし!

「まあいいじゃん、夏だし」
「はあ?なにが?」
「さっぱりしてって話」
「いや坊主にしたわけじゃないんだから」
「つーかよ、前髪なんてほっときゃすぐ伸びんだろ」

横からまっすぐ伸びてきた三井の指先が、わたしの前髪を少しだけ掬って、そしてすぐに戻っていく。

「まあ、オレは悪くねえと思う」

は。今、三井、何して。・・・・・・え?

「聞いてる?」
「えっっ!!??あ!ごめん、なんか言った!??」
「聞いとけアホ!」



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