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「そういえば三井、髪型変えた?」
「あ?あー、よく気付いたな」
「うん、それ好き」
「・・・・・・」
「は?なにその顔」

普通に褒めたんですけど。
なにその絶妙に変な顔は。お前ごときにわかってたまるか、みたいな顔なのかな。だとしたら腹立つ。

「あっ!ねえ、学生証見せてよ」
「・・・学生証?なんでだよ」

みるみるうちに三井の眉間のシワが濃くなっていく。なんか嫌な予感がしているに違いない。

「髪長かった時の三井、もっかい見たくて」
「やだよ!!」

三井は露骨に嫌な顔をする。えー。わたしは嫌いじゃなかったけどな、あの髪型も。やっぱり今の方が三井らしくて似合ってるとは思うけど。でももう見れないと思ったら、余計に見たくなるのが人間の性というものだ。そこを何とか、と何度も手を合わせて頭を下げれば、三井はしぶしぶとわたしの机に学生証を投げて寄越した。
わたしの粘り勝ちだ。だいたいはいつもこうなる。三井は結構押しに弱いのだ。

「・・・笑うなよ」
「うん、・・・ぶははははは」
「てめっ!言ったそばから!!」

あれ、こんなに髪長かったっけ。ていうか人相めっっちゃ悪い。そうだよな、この頃の三井ってこんなんだった。あんなにぎらぎらしてたヤンキーの三井と、こうやってふざけ合う日がくるなんて、あの時は微塵も思わなかった。わたしの毎日がこうやって楽しくなったのも、きっとバスケのお陰なのだろう。
ふてくされた顔をした三井が、漸くわたしの手の中から学生証を奪い返し、またぐちゃぐちゃのカバンに突っ込んだ。
この感じ、もうしばらくは見せてもらえなそうだ。

「ねえ、覚えてる?」
「なんだよ」
「この頃さ、不良に絡まれてた時に、わたしのこと助けてくれたことあったよね」
「・・・あったか?そんなん」
「わたしは覚えてるよ」

三井は覚えてないフリをしているけれど、照れ隠しに口を尖らせているから絶対に覚えているはずだ。ほんとに覚えてなかったら「なんの話だ?」とか真顔で聞いてくるもん。





それは、二年の終わりの頃の話だ。
その日、わたしは予備校の帰りで、家までの道のりを一人で歩いていた。
鄙びた商店街を出たところで、どこかの学校の柄の悪い不良たちに声をかけられた。遊びに行こうとしつこく声をかけられ断り続けていたものの、一人の男が腕を絡ませてきたので焦っていた。通行人は見て見ぬふりして遠巻きに去っていくし、いよいよ困り果てて泣き出しそうになっていたところで、反対車線側を三井たちが歩いているのが見えた。
あ、三井だ、と気付いたと同時に、三井としっかりと目があった。三井は道路の向こうから一言二言不良たちを煽って、引きつけた。不良たちは売り言葉に買い言葉。ものすごい剣幕で道路を横断し、三井たちを追いかけて行ったのだ。
多分、あの日三井はわたしのために、一つの無駄な喧嘩をしてくれたのだろう。





「あの時の三井はかっこよかったな」
「あの時はってなんだ。オレは今が一番かっこいいだろ」
「はいはい」
「てめっ」

三井が机の上のペットボトルでわたしの頭を小突く。やめろバカ力め。

「次の日学校で三井に会ったとき、ちゃんと家帰れたか聞いてくれたでしょ?」
「だから覚えてねーって」

うん、昨日はありがとうと伝えたら、三井はちょっとだけ笑って、ひらひら手を振ってどこかに行ってしまった。今思えばあの時の三井は、三井と思えないくらいスマートでかっこよかった。まるで少女漫画のヒーローみたいに。

「だからね、さっきは笑っちゃったけど、この時の三井は嫌いじゃなかったんだ」
「いやぜってー悪意あっただろあの笑い方」

三井はじと目でわたしを睨んでいるけれど、ほんとうにそう思ったのだ。
あの時久しぶりに、三井の薄っすらとだけど笑った顔を見て思い出した。私は一年の頃、キラキラすぎる三井がちょっと苦手だったけど、笑った顔は結構好きで、不良になった時、あの笑った顔が見られなくなることが残念だな、と思ったのだった。

「ねえ、なんであの時わたしのこと助けてくれたの?」
「・・・だから覚えてねえ」
「ふうん」

三井は覚えてないで突き通す気らしい。それならわたしもそういうことにしておいてあげよう。もし今もまだ三井が不良をやっていたとしたら、わたしのなかでこの出来事は、ちょっとばかしの三井への憧れで、高校時代の青春エピソードになっていただろう。

「またバスケできてよかったね」
「は?なんの話?」

でもわたしは今の三井が一番好きだ。
三井は何のことやらという顔で頭にはてなマークを並べている。
こうやって一緒にバカやってくれるようになったのも、バスケをまたはじめてからだったから。

「楽しい毎日にしてくれてありがとうって話」
「だからなんの話?」



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