14 「そういえば三井、髪型変えた?」 「あ?あー、よく気付いたな」 「うん、それ好き」 「・・・・・・」 「は?なにその顔」 普通に褒めたんですけど。 なにその絶妙に変な顔は。お前ごときにわかってたまるか、みたいな顔なのかな。だとしたら腹立つ。 「あっ!ねえ、学生証見せてよ」 「・・・学生証?なんでだよ」 みるみるうちに三井の眉間のシワが濃くなっていく。なんか嫌な予感がしているに違いない。 「髪長かった時の三井、もっかい見たくて」 「やだよ!!」 三井は露骨に嫌な顔をする。えー。わたしは嫌いじゃなかったけどな、あの髪型も。やっぱり今の方が三井らしくて似合ってるとは思うけど。でももう見れないと思ったら、余計に見たくなるのが人間の性というものだ。そこを何とか、と何度も手を合わせて頭を下げれば、三井はしぶしぶとわたしの机に学生証を投げて寄越した。 わたしの粘り勝ちだ。だいたいはいつもこうなる。三井は結構押しに弱いのだ。 「・・・笑うなよ」 「うん、・・・ぶははははは」 「てめっ!言ったそばから!!」 あれ、こんなに髪長かったっけ。ていうか人相めっっちゃ悪い。そうだよな、この頃の三井ってこんなんだった。あんなにぎらぎらしてたヤンキーの三井と、こうやってふざけ合う日がくるなんて、あの時は微塵も思わなかった。わたしの毎日がこうやって楽しくなったのも、きっとバスケのお陰なのだろう。 ふてくされた顔をした三井が、漸くわたしの手の中から学生証を奪い返し、またぐちゃぐちゃのカバンに突っ込んだ。 この感じ、もうしばらくは見せてもらえなそうだ。 「ねえ、覚えてる?」 「なんだよ」 「この頃さ、不良に絡まれてた時に、わたしのこと助けてくれたことあったよね」 「・・・あったか?そんなん」 「わたしは覚えてるよ」 三井は覚えてないフリをしているけれど、照れ隠しに口を尖らせているから絶対に覚えているはずだ。ほんとに覚えてなかったら「なんの話だ?」とか真顔で聞いてくるもん。 それは、二年の終わりの頃の話だ。 その日、わたしは予備校の帰りで、家までの道のりを一人で歩いていた。 鄙びた商店街を出たところで、どこかの学校の柄の悪い不良たちに声をかけられた。遊びに行こうとしつこく声をかけられ断り続けていたものの、一人の男が腕を絡ませてきたので焦っていた。通行人は見て見ぬふりして遠巻きに去っていくし、いよいよ困り果てて泣き出しそうになっていたところで、反対車線側を三井たちが歩いているのが見えた。 あ、三井だ、と気付いたと同時に、三井としっかりと目があった。三井は道路の向こうから一言二言不良たちを煽って、引きつけた。不良たちは売り言葉に買い言葉。ものすごい剣幕で道路を横断し、三井たちを追いかけて行ったのだ。 多分、あの日三井はわたしのために、一つの無駄な喧嘩をしてくれたのだろう。 「あの時の三井はかっこよかったな」 「あの時はってなんだ。オレは今が一番かっこいいだろ」 「はいはい」 「てめっ」 三井が机の上のペットボトルでわたしの頭を小突く。やめろバカ力め。 「次の日学校で三井に会ったとき、ちゃんと家帰れたか聞いてくれたでしょ?」 「だから覚えてねーって」 うん、昨日はありがとうと伝えたら、三井はちょっとだけ笑って、ひらひら手を振ってどこかに行ってしまった。今思えばあの時の三井は、三井と思えないくらいスマートでかっこよかった。まるで少女漫画のヒーローみたいに。 「だからね、さっきは笑っちゃったけど、この時の三井は嫌いじゃなかったんだ」 「いやぜってー悪意あっただろあの笑い方」 三井はじと目でわたしを睨んでいるけれど、ほんとうにそう思ったのだ。 あの時久しぶりに、三井の薄っすらとだけど笑った顔を見て思い出した。私は一年の頃、キラキラすぎる三井がちょっと苦手だったけど、笑った顔は結構好きで、不良になった時、あの笑った顔が見られなくなることが残念だな、と思ったのだった。 「ねえ、なんであの時わたしのこと助けてくれたの?」 「・・・だから覚えてねえ」 「ふうん」 三井は覚えてないで突き通す気らしい。それならわたしもそういうことにしておいてあげよう。もし今もまだ三井が不良をやっていたとしたら、わたしのなかでこの出来事は、ちょっとばかしの三井への憧れで、高校時代の青春エピソードになっていただろう。 「またバスケできてよかったね」 「は?なんの話?」 でもわたしは今の三井が一番好きだ。 三井は何のことやらという顔で頭にはてなマークを並べている。 こうやって一緒にバカやってくれるようになったのも、バスケをまたはじめてからだったから。 「楽しい毎日にしてくれてありがとうって話」 「だからなんの話?」 |