12 ずび。 わたしが鼻水を啜った時の三井の顔、まさしく「げ」という顔をしていた。 それを見てあ、と気づいた時には一瞬で血の気が引き、小さく身震いをした。身震いっていうか、なんかちょっと、寒いんだけど・・・。 「おま、風邪引いたんじゃないだろうな?」 三井の眉間の皺は見る見るうちに濃くなっていく。 「ごめん、すぐ保健室行く」 「いやそういう意味じゃなくって!」 いつの間にか鼻水は垂れているし、やっぱり気のせいじゃなく寒気がする。昨日、どうせ乾くと高を括って濡れた制服をそのまま着ているのが悪かったのだろうか。髪も濡れたままだったから? 風邪なんて、しばらく引いていない。これくらいで引くわけないと思っていた。なのに。なんでよりによって、こんな大事な時に。 いつから症状があったのだろう?昨日、どれぐらい三井と話したっけ。それよりもっと前、三井の傘に入れてもらった時からだったら? ・・・どうしよう、三井にうつしていたら。もし三井が風邪を引いて、決勝リーグの試合に出られなかったら。夢だった全国に行けなかったりしたら。 ・・・どうしよう。 「ずび」 「おいおいおいおい」 三井は目に見えてあわあわし始めた。あわあわしている三井はなかなか面白くて、いつものわたしだったらげらげら笑えるんだろうけれど、今はダメだ。全然笑えない。 この寒気、熱ももうありそうな気がする。風邪引くと、こんなにメンタル弱るものだったっけ。 わたし、三井がいつも言ってくるように、ほんとにアホなのかもしれない。こんな大事な時に。三井に迷惑かけたら、どうしよう。 三井はぐちゃぐちゃのカバンをひっくり返すように漁って、あれ、どこだ、ねーなとかしばらくぶつぶつ言ってから、「あったあった」と飲みかけのポカリを手に取った。 「立てるか?保健室行くぞ」 「ごめん、」 もし三井にうつしていたら。 怖くなって思うように口から出てこないわたしの言葉を汲み取ってくれたかのように、三井はわたしの頭を小さくぽんと叩いた。その拍子に、溜まっていた涙がぽたぽたとふたつ落ちた。 「大丈夫だから」 三井は黙ってわたしの手を引いて廊下を歩く。涙で滲んで前がよく見えないけれど、三井が歩幅を緩めてわたしの少し前を進むから、その大きな背中を見れば安心できた。 「お前なあ、」 「すび」 「これぐらいじゃうつらねえって。オレ体力あるし」 「ずび」 「だからよ、心配するなよ」 いつもだったら、バカは風邪引かないって嘘だったんだな、ぐらい言ってきそうなヤツなのに、こんな時は優しいなんてずるい。責めてくれた方がずっと気持ちが楽だ。いつもはデリカシーなくて口悪くて鈍いくせに、今は言わなくてもわたしの気持ちを汲み取ってくれている。 それが悔しくて、でも少しだけ嬉しく思うのはなんでだろう。 「ほら、ポカリやるよ。オレの飲みかけだけど」 「ありがと」 「んだよ、お前が素直だと気持ちわりーな」 「なんだと」 「はは、」 元気あるじゃねーか。 ゆっくりゆっくり、わたしに合わせて三井は階段を降りてくれる。寒気のせいか、手首を握る三井の大きな手がやけに熱く感じた。わたしは風邪のせいか涙のせいかもうわからない鼻水を、三井への返事の代わりに啜っている。 「なあ、」 二段下を降りていく三井がふと立ち止まった。つられてわたしも立ち止まる。振り向いた三井と、正面で目線が合う。真正面から三井と向き合うことなんて普段ないものだから、距離の近さに驚いて、かっちりと合う視線にどきまぎして、さっきまでぐずぐずしていた涙も鼻水もあっという間引っ込んでしまった。 「週末の試合、応援来てくれるんだろ」 「う、うん」 「だったら早く治せよ」 まあ、治らなかったら全国まで応援きてくれてもいいんだぜ。三井はわたしの目をしっかりと見て、いたずらそうに口角を上げて笑う。わたしのまつげに溜まったままの涙の粒が窓からの光に当たって、三井の周りがきらきらと光っているように見えた。 「おい、なんとか言え」 「えっ、あ、はい」 「なんで敬語なんだ」 今のなんだ。顔が熱い。心臓がうるさい。 これも熱のせいなんだろうか。 |