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「うわ・・・」


なんかいる。
不憫丸出しの何かが。

「・・・おい」
「っ!・・・み゛ーつ゛ーい゛ー」
うわ、涙目。
「お前なあ、何してんだよ」

あまりに不憫丸出しの姿に、声をかけるべきかどうか一瞬悩んだが、やはり放っては置けず、意を決して声をかけることにした。だってあまりにもかわいそうだろ。こんな姿、オレなら誰にも見られたくねえ。こんな目にあって更にそれを誰かに見られてるなんて、二度ツライ。恥ずかしすぎる。ほんっとどうしようもないやつだな、こいつは。

「どうせ傘忘れて雨降ってきたから走ってたら転んだとかだろ」
「なんでわかったの!?」
いや誰でもわかるわ。こんなん。
「さっすが三井」

開店前のパン屋の屋根の下で、制服をびしょ濡れにして膝から血を流した名字が途方に暮れたように一点を見つめて立っていた。あまりにも情けない姿に、流石に声をかけていいものか悩んだ。だけどよ、こんなやばいやつオレが回収してやんねえと。パン屋にきた客がビビるだろ。オレならこんな危ないやつに近寄らねえもん。今にも泣き出しそうだし。

「傘入れよ」
「いやいや、いいよ」
「は?なんでだよ」
そこで一体どうするっていうんだ。
「今週末決勝リーグなのに、三井まで濡れて風邪でも引かれたら申し訳ない」
いつも図々しいくせに、変なとこは遠慮しやがって。
「これぐらいじゃ風邪引かねえよ」
「ダッシュするから大丈夫」

どのみちこんなだし。名字は上から下まで自分を指差して、ね、とオレを見上げる。まあ気持ちはわかるけど。しかしなあ。髪はびしょびしょで、膝から血流してるし、ワイシャツもその、透けてるし。一人で歩かせるってのもなあ・・・。

「ちょっと待て」

これ着ろ、と部活のジャージを引っ張り出して、名字に押しつける。

「なにこれ、別にいいや」
「いいから着ろ!風邪引くだろ!」
「えー、暑いんだけどなあ」

ちゃんと洗ってるの?と眉間にシワを寄せた名字が、オレのジャージを顔に寄せ、においを嗅ぎ始めた。くそ、何してんだこいつ。さっさと着やがれ。

「残念。臭くない」
「てめ、ちゃんと洗ってんだよ!」
なにが残念だコノヤロウ。
「三井は意外とちゃんとしてるもんね」
「お前は意外とちゃんとしてねえもんな」

うざ、とか言いながら名字はジャージをいそいそと着始めた。それでいい。学校に着く頃にはちったあシャツも乾いてんだろ。

「でっか」

名字はジャージのチャックを上げて、見て、とオレを見上げる。・・・確かにほんとでけえな。

「文句言うな」
「ありがと三井。気遣ってくれて」
「・・・行くぞ」
「やー、そこのコンビニまででいいよ」

急に名字はきょろきょろと辺りを見渡し始めた。何言ってんだこいつ。別に学校までもうそんな距離ねえだろ。わざわざ傘買わなくても。

「こんな格好で三井と相合傘なんてしてたら、ファンにころされちゃうよ」
「は?なんだファンって」
「・・・・・・」

なんだその目。なんだそのやれやれ、みたいなポーズ。腹立つな。流川みたいなリアクションしやがって。
渋々オレの差す傘の中にすっぽりと収まった名字は、おじゃましますと珍しくしおらしい声で言う。
・・・こいつ、ちっちぇーな。いつも態度デカすぎて忘れてたけど。

「そういえば、三井、今日朝練なかったの?」
「おお、だからそこのコートで練習してた。・・・そしたら雨降ってきて、お前拾った」
「あはは、拾われたのが三井で良かったなあ」
「は?なんでだよ」
「んー、三井にだったらどんなにださい格好でも見られてもいいし」

へへへ、とだらしない顔で名字は笑っている。なんだそれ。どういう意味だ。名字は長い袖から指先だけをかろうじて出して、あ、見て、木暮がいる、とかなんとか言っている。・・・呑気なやつめ。

「梅雨入りしたんだってね」
「へー」
「あ!まさかそのリアクション、ニュース見てないな!?」
「まあスポーツしか見てねえけどよ。・・・お前は梅雨入り知ってて傘ねえのかよ」
「なんも言い返せねえ」

ニュースをちゃんと見ているこいつが傘忘れるのは、ほんとらしくて笑っちまう。バレたらうるさいから小さく息を殺して笑っていたら、笑うな、と鳩尾に一発かまされた。

「あ、三井、肩濡れてるよ」
「あ?あー、」

普段鈍いくせに、やっぱり変なとこ鋭いんだよなこいつは。

「三井が濡れないように傘差して」
「別に大丈夫だって」
「三井は大事な選手なんだから」

名字が腕を伸ばして柄を待ち、ぐい、とオレの方に傘を向けた。こいつって、恥ずかしげもなくむず痒くなるようなことを言う。自覚あるんだろうか。

「学校着いたらまず保健室行くぞ。その膝消毒しねえと」
「これぐらい大丈夫だよ」
「バイキン入るぞ」
「さすが元ヤン」
「るせー」

跡とか残ったらかわいそうだからだろーが。



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