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「なに見てるの?」
「月バス」

五限目の英語は自習になった。もうすぐ期末考査があるので、勉強している人もいれば、こうやって好きなことをして時間を潰している人もいる。まあクラスの大半がこっちのタイプだけど。

「バスケの雑誌?」
「そう。赤木に借りた」
「ふうん、・・・一緒に見てい?」
「・・・いいけど」

お前が見てわかんのかよ。三井はつっけんどんに言う。うーん、なんでか今日の三井は機嫌が悪い、気がする。わたし、何かしたっけ。・・・いや、してないよな。今日は挨拶以外特に話してないし。ごはん食べたあとだしお腹でも痛いのかな。弁当腐ってたとか。
・・・まあいっか。隣の席からだと見辛いので、椅子だけを引いて三井のすぐ隣に座った。

「おま、近えな」
「え?ごめん、見えなくて」
「・・・」

なんだろう、いつもの三井と違う気がするのは。三井だっていつもわたしにうんと距離近いくせに。お前なんて女子じゃねえとか言ってさ。いまさら急にそんなこと言うなんて。変なの。

「あ、海南だ」
「知ってんのか」
「うん、インターハイ常連校って赤木が言ってた」

この舞台に、今年三井たちは行くのだろうか。あんなに練習を頑張ってるんだもん、どうか報われて欲しいと思う。ペラペラとページをめくる三井の顔は真剣だ。部活をしている時にも思ったけれど、やっぱり三井には、この短い髪がよく似合う。
じっと横顔を見つめていたら、雑誌から視線を上げた三井が明後日の方向を向きながら、あのよ、と言う。三井は珍しく、もごもごと口の中で言葉を選んでいるようだ。
・・・ほんとにお腹痛いのかな。

「トイレ行ってくれば?」
「は?」
「え?お腹痛いんでしょ」
「なんでそうなる!」
あら、違ったらしい。

あー、とか、うー、とか。三井は頭をがしがしかいて、言い淀む。その珍しい様子をじっと見守っていれば、三井は一つ小さな咳払いをして、意を決したようにわたしを見つめた。
トイレじゃないなら、なんだろう。

「昨日の夜、一緒にいたやつ、だれ」

宮城と帰ってる時にお前が男と歩いてるのを見たんだ。
予想だにしていなかった質問に、ぽかんとしてしまった。そんなわたしを、三井はじいと見つめている。

「あー・・・」

ああ、なんて言おう。ていうか、三井がずっともぞもぞしてたのってそれ?なんで?デリカシーないから大声で聞いてきそうなのに。お前昨日男といただろ!ヒューヒュー!みたいな。なのにこれ。逆に怖いんだけど。

「予備校の人」
「そんだけ?」
「そんだけ」

じい、っと三井が穴が開きそうなくらいわたしを見つめている。いやいや、逆になんでそんなこと聞くのさ。こっちが聞きたい。わたしが男子といるのがそんなに珍しいのか。それとも宮城くんとかと一緒にいた人が彼氏かどうか、賭けでもしてたのだろうか。・・・それだ。

「・・・な、なに」
至近距離でそんなに見つめられても。
「なんで一緒にいたんだ?」
「そ、そんな気になる?」

三井はなんにも言わない。言わないけど、目が言えと言っている。こんなことなら一緒に雑誌読もうとか言わなきゃ良かった。こんなに近くては、三井の視線から逃げられない。
なんで一緒にいたのかって、こんなこと三井にいうの、恥ずかしくていやなんだけど・・・。

「その、」

名前を出すの、一番気まずいな。ちらりと三井の胸元から目線をあげれば、三井の目は相変わらず言えと言っている。
ああもう、わかったよ。

「・・・三井のこと聞かれた」
「は?オレ?」
「そう。たまに一緒に帰ってる人と、その・・・、つ、付き合ってるのかって」

多分それって、三井のことだ。だって他に一緒に帰る男子なんていないもん。

「・・・で?」
「違うなら、デートしてほしいって言われた」
「・・・・・・」

だから言いたくなかったんだ。三井もなぜか絡んでる話だし。それに、絶対爆笑されると思ったし。でも全然笑いもしないんだけど。急に黙りこくるし。なにこの尋問。

「で、なんて言ったんだよ!?」
「なに急に、うるさいな」

三井は急にものすごい剣幕で身を乗り出してきた。今日の三井の情緒、どうかしている。

「いいから言え!」
「・・・断ったよ」

全然その人のこと知らないし、断ったよ。でも、だからこそ知ってもらうためにデートしてほしいって言われて。それは確かになるほどなって思ったんだよね。

「・・・は、じゃあ」
「だから断ったって!」
「・・・あっそ」

は、根掘り葉掘り聞いといてなにそのリアクション。こっちはあんたのせいでごりごりにHP削られたんですけど。なにその爽やかな顔。なんかムカつく。

「わっはっは、お前に彼氏なんて100万年早いわ」
「うざ」

なんで三井はそんなに嬉しそうなの。
さては宮城くんとの賭けに勝ったな、こいつめ。




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