10 「なに見てるの?」 「月バス」 五限目の英語は自習になった。もうすぐ期末考査があるので、勉強している人もいれば、こうやって好きなことをして時間を潰している人もいる。まあクラスの大半がこっちのタイプだけど。 「バスケの雑誌?」 「そう。赤木に借りた」 「ふうん、・・・一緒に見てい?」 「・・・いいけど」 お前が見てわかんのかよ。三井はつっけんどんに言う。うーん、なんでか今日の三井は機嫌が悪い、気がする。わたし、何かしたっけ。・・・いや、してないよな。今日は挨拶以外特に話してないし。ごはん食べたあとだしお腹でも痛いのかな。弁当腐ってたとか。 ・・・まあいっか。隣の席からだと見辛いので、椅子だけを引いて三井のすぐ隣に座った。 「おま、近えな」 「え?ごめん、見えなくて」 「・・・」 なんだろう、いつもの三井と違う気がするのは。三井だっていつもわたしにうんと距離近いくせに。お前なんて女子じゃねえとか言ってさ。いまさら急にそんなこと言うなんて。変なの。 「あ、海南だ」 「知ってんのか」 「うん、インターハイ常連校って赤木が言ってた」 この舞台に、今年三井たちは行くのだろうか。あんなに練習を頑張ってるんだもん、どうか報われて欲しいと思う。ペラペラとページをめくる三井の顔は真剣だ。部活をしている時にも思ったけれど、やっぱり三井には、この短い髪がよく似合う。 じっと横顔を見つめていたら、雑誌から視線を上げた三井が明後日の方向を向きながら、あのよ、と言う。三井は珍しく、もごもごと口の中で言葉を選んでいるようだ。 ・・・ほんとにお腹痛いのかな。 「トイレ行ってくれば?」 「は?」 「え?お腹痛いんでしょ」 「なんでそうなる!」 あら、違ったらしい。 あー、とか、うー、とか。三井は頭をがしがしかいて、言い淀む。その珍しい様子をじっと見守っていれば、三井は一つ小さな咳払いをして、意を決したようにわたしを見つめた。 トイレじゃないなら、なんだろう。 「昨日の夜、一緒にいたやつ、だれ」 宮城と帰ってる時にお前が男と歩いてるのを見たんだ。 予想だにしていなかった質問に、ぽかんとしてしまった。そんなわたしを、三井はじいと見つめている。 「あー・・・」 ああ、なんて言おう。ていうか、三井がずっともぞもぞしてたのってそれ?なんで?デリカシーないから大声で聞いてきそうなのに。お前昨日男といただろ!ヒューヒュー!みたいな。なのにこれ。逆に怖いんだけど。 「予備校の人」 「そんだけ?」 「そんだけ」 じい、っと三井が穴が開きそうなくらいわたしを見つめている。いやいや、逆になんでそんなこと聞くのさ。こっちが聞きたい。わたしが男子といるのがそんなに珍しいのか。それとも宮城くんとかと一緒にいた人が彼氏かどうか、賭けでもしてたのだろうか。・・・それだ。 「・・・な、なに」 至近距離でそんなに見つめられても。 「なんで一緒にいたんだ?」 「そ、そんな気になる?」 三井はなんにも言わない。言わないけど、目が言えと言っている。こんなことなら一緒に雑誌読もうとか言わなきゃ良かった。こんなに近くては、三井の視線から逃げられない。 なんで一緒にいたのかって、こんなこと三井にいうの、恥ずかしくていやなんだけど・・・。 「その、」 名前を出すの、一番気まずいな。ちらりと三井の胸元から目線をあげれば、三井の目は相変わらず言えと言っている。 ああもう、わかったよ。 「・・・三井のこと聞かれた」 「は?オレ?」 「そう。たまに一緒に帰ってる人と、その・・・、つ、付き合ってるのかって」 多分それって、三井のことだ。だって他に一緒に帰る男子なんていないもん。 「・・・で?」 「違うなら、デートしてほしいって言われた」 「・・・・・・」 だから言いたくなかったんだ。三井もなぜか絡んでる話だし。それに、絶対爆笑されると思ったし。でも全然笑いもしないんだけど。急に黙りこくるし。なにこの尋問。 「で、なんて言ったんだよ!?」 「なに急に、うるさいな」 三井は急にものすごい剣幕で身を乗り出してきた。今日の三井の情緒、どうかしている。 「いいから言え!」 「・・・断ったよ」 全然その人のこと知らないし、断ったよ。でも、だからこそ知ってもらうためにデートしてほしいって言われて。それは確かになるほどなって思ったんだよね。 「・・・は、じゃあ」 「だから断ったって!」 「・・・あっそ」 は、根掘り葉掘り聞いといてなにそのリアクション。こっちはあんたのせいでごりごりにHP削られたんですけど。なにその爽やかな顔。なんかムカつく。 「わっはっは、お前に彼氏なんて100万年早いわ」 「うざ」 なんで三井はそんなに嬉しそうなの。 さては宮城くんとの賭けに勝ったな、こいつめ。 |