拍手連載5話
2012/04/19 13:30
虚ろな瞳に涙を溜めて俺を見るマティスの口から呼ばれた名前
「アル・・・に、・・・ちゃ・・・?」
言われた呼び名にふと昔が蘇った。
5話
俺のことを「アル兄ちゃん」と呼んでいたのは一人しか心あたりがなかった。
しかし前からなんとなく似ているとは思っていたが・・・
「マティスがあの時の・・・?」
確かによく見てみれば面影があるし、家は診療所だ。マティスという名字にも聞き覚えがある。
再び眠ってしまったマティスの髪を撫でながら俺は昔を思い出していた
俺が16歳の頃、母さんがとある病気にかかって1度だけマティス診療所に行ったことがあった。
母さんが診察を受けている間診療所を散策していた俺は庭から重そうな本を持って中を見つめている子供を見つけた
「なにしてんだ?」
「っ!?」
声をかけられて大げさに肩を震わせた子供はおそるおそる俺に向きなおった
大きな琥珀色の目が俺を視界に入れるとおどおどしながら答えた
「えと・・・見てた、だけ・・・です」
「ふーん・・・おたくいくつだ?」
「?・・・5歳、です」
「そっか、名前は?」
「ジュード、何をしている?」
少し気になった子供に色々と質問していると、子供の後ろの方から少し怒気を含んだ声が響いた
その声を聞いた途端子供の顔はみるみる内に強ばっていった
子供が振り返ると側まできていた声の主はさらに問いかける
「何をしていると聞いたんだ」
「・・・ぁ・・・」
「そんな怒ることじゃないだろ?ディラック先生。」
「アルフレドか・・お前の母親は少しの間入院してもらうぞ」
「そうか・・・」
「・・・・・・」
俺とディラック先生に挟まれて居心地が悪くなったのか子供は重そうな本を持ったまま走っていってしまった。
「あれ・・・どうしたんだあいつ」
「放っておいても大丈夫だ。家に帰っただけだろう」
「家ってあの?」
診療所とは反対の方向にある大きめな家を指さしてディラックに聞き返す。
確かに先ほどの子供が玄関を開けて入っていくのが見えた
「あいつずっと家にいるのか?」
「ああ。・・・・・・お前さえよければ入院中は泊まっていくか?」
「ん?いいのかよ?」
「私とエリンはほとんど家にいないようなものだからな・・・その方がいいと思ってな」
「ふーん・・・じゃあお言葉に甘えますかね」
「あと・・・できればジュードといてやってくれ」
「ジュード?」
「私の子供だ。昔からずっと家に一人だから寂しい思いをしていると思ってな」
そう言うディラックの顔は相変わらず無表情だったが不器用な優しさを感じる言葉だった。
「わかった、じゃあちょっといってきますか」
そうディラックに答えるとジュードのいる家へと歩きだした。
玄関を開けて家に入ってみると何の音もせず、誰もいないような錯覚を覚えたが、とりあえずいるであろうジュードを見つける為に部屋を見て回ると、ある部屋の扉が開いているのを見つけた
隙間から中を覗いてみるとベッドの上に三角座りをして膝に頭を埋めていたジュードを見つけ、中に入っていった
俺が近づいてきたのがわかったのかジュードは伏せていた顔を上げると俺を見て驚いた顔をした
「あれ・・・どうしてここにいるの・・・?」
「ちょっと気になって、な。さて・・・」
相変わらずベッドの上に座って俺を見上げるジュードの隣へ座り向かい合った
「アルフレドだ。」
「え・・・?」
「名前だよ。おたくのも教えてくれるか?」
「あ、えと・・・ジュード、です。ジュード・マティス」
「ジュード、な。
俺これから数日間ここに泊まるんだわ。その間よろしくな」
そういって手を差し出すとジュードもおずおずと手を伸ばしてきて握手をする。
俺の手を握り返すジュードの小さい手にふれると年の離れた弟ができたような気持ちになった
「・・・弟が出来たみてぇだな・・・」
「弟?」
「あ、いや別に変な意味じゃ・・・」
「お兄ちゃん・・・」
「え・・・?」
「お兄ちゃんがお兄ちゃんなら・・・いいな・・・」
そう言って小さく笑みをこぼしたジュードに柄にもなく顔に熱が集まった。
(やばい、なんだどうしよう何この可愛い生き物!!!)
心の中でそう悶えていたが不思議そうに俺を見上げるジュードの視線に気づいてすぐに落ち着きを取り戻した
「あー・・・ジュード、俺がいる間はアル兄ちゃんって呼んでくれ」
「アル・・・兄ちゃん?」
「そうそう。これから数日間俺たちは兄弟だな」
「うん!アルお兄ちゃん!」
上目遣い+満面の笑顔で俺は脳内で再び悶える
(なんなんだこいつは、天使か!ここには天使がいる!!)
表情には出さないように取り繕いながらジュードに微笑み返した。
ここから数日間だけの俺たちの暮らしが始まった。
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