[> 冬の人 |
空が高くなってくると、私は何となく中禅寺さんのところへ行って、あの堆く積まれた本と店主の小言と蘊蓄とを聴きに行く。 「来る頃だろうと思っていたよ」 店名の書かれたガラス戸を開けると、黴っぽい匂いと中禅寺さんの声がこぼれた。 「半年振りだね」 「はい。」 返事をしながら後ろ手で扉を閉める。中禅寺さんは読んでいた本を置いて立ち上がった。 「名前くんが来ると冬だと思うよ。」 「私は冬季限定ですからね」 「本当にね。」 どうぞと中禅寺さんは手で奥へ誘う。お邪魔します、挨拶してから靴を脱いだ。 「妻は不在でね」 出されたお茶は何となく薄い。 「お構いなく。」 出涸らしを一口互いに飲んだあと、中禅寺さんは私に尋ねた。 「君は冬になると、僕に会いに来るが」 「ええ」 「それも決まってこんな空の日に」 「はい」 「どうして」 「さあ、何となく」 「本当の意図はなんだい」 お茶を飲む。 中禅寺さんは私の言葉を待っているのか、じっとこちらを見ている。 「冬になると」 もったいぶるように言葉を止める。 「こんな空の日になると、無性に切なくなるのです」 指先の冷えが心臓まで駆け上ってきて、きゅっと身を捩りたくなる痛みに変わる。 「そんなとき、中禅寺さんに会うとホッとするのですよ。」 「だから」 「だから冬のこんな日は貴男に会いに来る。」 直ぐに来ない温かさをどこかで補うのだ。 「君は」 中禅寺さんは最後まで言葉を続けなかった。 ただ、何となく意味を察して微笑した。 「他人に何も言わずに涙する君の拠り所か」 苦笑いする中禅寺さんに私も苦笑いした。 「拠り所というか、小春日の人ですよ」 そう、なんて声がして、私は出涸らしを飲んだ。 中禅寺さんは暖かいけど外が分厚くって温かさが伝わらないよね、っていう。 ←|→ |