[> 浴室 |
(逆トリップ吉継さん) 電車を下りたら、もう午後八時を回っていた。家までゆっくり歩いて二十分。私は多少の無理をして小走りで帰ることにした。家に帰ったらご飯の支度にお風呂だ。あー忙しい。 「只今」 八時十二分、私は家に着いた。 鍵を開け、扉を開けつつ決まり文句を呟く。ガシャン、そんな嫌な音に眉を潜めた。 「…大谷さん」 「ヒッヒ、遅かったではないか」 「仕事で」 「ぬしも大変よな、どれ我が労ってやろう」 「ありがとうございます。とりあえず開けて下さい。」 ぷかぷか浮く大谷さんにお願いすれば、ドアが閉まったあとガチャンと聞こえてドアが開いた。 「只今帰りました」 「苦労様」 ヒールを脱ぐ。この足が解放された瞬間が堪らない。 「すぐにご飯作りますね」 戸締まりをした後、大谷さんに向かって言えば、至極驚いた表情をした。 「ぬしは外で食べたのであろう」 「まさかあ、家で大谷さんがいらっしゃるのに外で食べてくるわけないじゃありませんか」 「…左様か」 珍しく歯切れの悪い返事に首を傾げる。 目を合わせてくれない大谷さんの背中を見ながら、最近作り馴れてきた精進料理の献立を考えた。 「では先にお風呂いただきますね」 「相分かった。」 夕食後、私はお風呂に、大谷さんは食器洗い。 脱衣場で服を脱ぎ、洗濯機に衣服を投げ入れる。化粧品を落としてから浴室に入った。 ガチャン、最近立て付けの悪い扉を閉めればふうっと溜め息が出た。 今日も一日疲れた。正直な話し、お風呂には入らずベッドに飛び込みたい。そんなことしたら大谷さんの数珠が飛んで来るのでしないが。 髪を洗い顔を洗い体を洗った後、少し熱めの湯船に浸かる。あー、極楽。 大谷さんが入るならもう少し熱めがいいのかなあ、と設定パネルを見る。呼び出しボタンの隣にある追い炊きボタンを押してから湯船から上がる。 火照った頬を早く冷ましたくてドアノブにてをかけた。 「……あれ」 ガチャガチャ、幾ら回そうが押そうが引こうがドアは開かない。 …えっ? 「え、」 嫌な予感に汗がつうっと流れた。 私、終わった。某有名な顔文字が頭に浮かぶ。終わった!いやいやいや、終わらせちゃダメだろ終わらせちゃ。どうしよう、どうしよう。狭い浴室を行ったり来たりする。誰かを呼べれば良いけど連絡方法もないし…、 「あっ、大谷さんと呼び出しボタン」 動転のあまり忘れていた救う神に思わず手を叩いた。 人生で初めて押す呼び出しボタンに不可思議な緊張をしつつも助けを呼ぶことに専念する。 ピー、そんな機械音が数秒続いたあと、がたがたと妙な音がしたあと脱衣場の扉が開いた。 「何事なのだ名前っ」 「大谷さん!」 救いの神!あああ、私、助かった! 「扉が開かなくなったのです。開けて下さい」 言うが早いか、大谷さんがガチャリと案外容易く扉を開けた。 「これで良いで」 「大谷さぁあん!」 嬉しさと安心のあまり大谷さんに飛び付く。 ちなみに飛び付いたのは私が数珠で打たれる五秒前。 お風呂ですもの。そりゃ大谷さんだって照れますよ、っていう。 ←|→ |