[> 乾いた愛 |
(関ヶ原前) 初めて逢ってから今までずうっと吉継さんは一度も私に触れなかったし、よっぽどなことがない限り私を訪ねて来ることもなかった。それは婚姻しても変わらず、むしろ結んでからよけい潔白になった。元々、私自身にそういった欲求もなかったので別段困りも淋しくもなかったが、今日もしくは今日からそれを完璧に後悔することとなりそうだ。 「吉継さん?」 どっぷりと深い夜の中、私を呼ぶ声に目を覚ました。目を開けば見慣れた人が見慣れない格好でいた。 「鎧なんぞ着込んで、如何なさいました」 上半身を起こす。 「なに、三成の用よ。ぬしが気にすることではない故」 「…本当?」 いつも戦に行くときは何にも言わずに行く人なのに。じっと目を視れば、吉継さんの目が細められた。 「何か隠しておられるでしょ、三成さんの用なのは本当でしょうが」 「ぬしは賢いな」 「嫌い?」 「我の口に乗らぬなら」 そう、少し笑う。 「吉継さん、」 「如何した」 「ゆくの?」 「ゆくな」 「本当に?絶対?」 「憶測よ」 「ならゆかないで」 「女々しい」 「私は女ですもの」 「ならば待て」 「嫌よ、待てばあなたはゆく」 手を伸ばす。 この時期の夜は寒い。夏を忘れるほどに寒い。伸ばした腕にひやり当たる夜風が生々しく私を刺激した。 「ゆくのは義のためよ」 「嘘吐き」 「我は嘘なぞ吐いたことがない」 「その言葉こそ嘘じゃないですか」 吉継さんの手が触れた。ゆっくり滲む体温。 「ねえ、」 右手の親指を少し撫でる。指は絡まない。 止めてほしくて来たくせに、意志を固めにきたくせに、端からゆく気だったくせに、 「…名前」 名を呼ばれて顔を上げた。 指は絡まない。そのままに頬だけ触れた。 乾いた愛も素敵でした。 しぼうふらぐおおたにさん。 ←|→ |