音也は頬杖をつきながら盛大な溜息を吐き、そのまま己の机に突っ伏して、ぐでんと上半身を力なく冷たい机に預けた。
そんな音也の様子を、彼の2つ後ろの席から終始見つめた後、互いに顔を見合わせる男が2人。
2人はだらけた様子の音也に背後から近寄る。そして、肩をぽん、と叩いた。



僕の恋が叶うまでの10歩 01



「どうかしたのか、一十木」

最初に声をかけたのは真斗だ。その声に、音也はゆっくりと顔を持ち上げると真斗の澄んだ深い青紫色の瞳を見つめ、へらりと力なく微笑んだ。
次いで、真斗の隣にいた那月が音也の肩に置いた手で優しく彼の背中を撫でながら「どこか具合でも悪いんですか?」と心配そうな声色で訪ねてくる。音也は困ったように眉を下げた。

「いや、具合は悪くないよ。心配してくれてありがと」

音也は突っ伏していた机からのそりと起き上がると、自分の後ろにいる2人のほうを向くようにして座り直した。それに合わせて真斗と那月も音也の後ろの席の椅子を借りて腰を掛ける。どうやら2人は音也の話をしっかりと聞くつもりらしい。それを汲み取った音也も、少し真剣な顔つきになり、2人を見つめた。

「悩みがあるなら聞くぞ」
「そうですよぉ、1人で悩むなんて水臭いです!」

真斗は柔らかい口調で、そして那月は少し拗ねたような口調で言葉を綴った。
そういえば真斗は幼い妹がいると言っていたから、こういう所で兄らしい面が垣間見えるのだろうと音也はぼんやりと考える。何にしても、自分がいつもより少し元気がないだけで、それを感じ取り心配してくれるなんて、とてもいい友人たちを持ったなと、彼は同時に考え、目頭が僅かに熱くなった気がした。
そして、音也は自分の胸に抱えたこの想いを、2人に相談してみようと思い立ったのである。
真斗は先に言った通り、幼い妹を持つ兄だ。そして、那月は自分より2つも上の人生の先輩である。彼は自分よりも年上の2人に、自分1人では到底解決出来そうにないこの気持ちにアドバイスを貰おうと考えた。

「うん、実は…、!」

音也はゆっくりと口を開くが、直ぐにその口を自らの掌で抑え、慌ててきょろきょろと周りを見回した。
そんな彼の行動に疑問しか浮かばない真斗と那月は2人して首を同じ方向へ微かに傾けながらきょとんとした表情を見せる。暫く注意深く周りを警戒した音也は、不思議そうにしている2人の耳を貸すように小さく手招きをしながら顔を近付けた。

「絶対、内緒だからね。俺2人のことを信用して相談するんだから」

未だ鋭い目で辺りを警戒しながら声を顰めて音也は再び喋り出す。話を聞く2人は黙ってコクコクと頷くだけであった。
教室の中心で、男3人が顔を近付けて話しているなんて傍から見れば滑稽な光景なのだから、警戒したところで誰かしらは此方を見ているであろう。だが、そんな事は、話をしようとする音也も、話を聞こうとする真斗と那月も気が付きはしなかった。彼らにとって、これは男同士の秘密の話であり、堅い友情有りきのことなのだ。話さえ聞かれなければ、誰に見られようが何と思われようが構わない。
音也は緊張した面持ちで静かに口を開いた。心無しか頬が少し赤くなっている。
真斗と那月は、そんな彼の赤くなった頬さえも気にならないのか、じっと真剣に見つめた。

「俺、好きな子、出来たんだ」

小さくぽつりぽつりと呟かれた言葉は、いつもの彼からは想像も付かない程、何処か自信無さそうで恥ずかしがるようなものであった。
その言葉に真斗までもつられるように僅かに頬を赤らめ、「なっ…!」と声を出しながら寄せた顔を後ろに戻そうとするものだから、音也は慌てて真斗のその口を掌で塞いだ。その隣では那月がにこにことしながら「素敵です」とぽーっとした表情を見せる。
音也は塞いだ真斗の口を放してあげてから、再び声を顰め、「内緒だって言ったじゃん!」と更に頬を赤らめた。

「す、すまん」
「で、相手は誰なんです?」

那月はずいっとより一層上半身を前に押し出し、音也に詰め寄りながら問い詰める。普段はおっとりとした優しい翡翠色の瞳が興味津々に見開かれ、キラキラと輝いているように感じたのは、音也だけではないだろう。

「え、え、ちょっと、そこまで言うの!?」
「だって相手を聞かなきゃ協力出来ないじゃないですか!」
「うむ、そうだな。相手が分かれば俺たちも出来る限り背中を押そう」
「えーっ!いいよ!協力しなくても!」
「そんな寂しい事言わないでください!僕たち友達でしょう!」
「ほら、言ってみろ。遠慮するな、一十木」

いつの間にか真斗までも音也に詰め寄り、わくわくしている子供のような瞳で彼を見つめていた。
音也はそんな2人にたじたじになると、少しずつ上半身を後ろへ戻していく。しかし、そんな行為を許さまいと手を伸ばしたのは真斗であった。先程口を半ば強制的に塞いだ時の仕返しか何かだろうか、と音也は真斗の口を塞いだ事を今更になって後悔した。
だが、こうなってしまっては仕方がない。
それに、1人でこうやってずっと悩んでいても何も始まらない。かと言って、自分で考え、行動して、この密かな淡い恋を成就させることが出来るほど、音也は恋愛経験に富んでる訳でも恋愛についての知識がある訳でもなかった。
そうなったら、頼るべき所は信頼のおける友人たちの温かい懐であろう。音也は、腹を括り、自らまた2人の元へぐいっと身を寄せた。

「絶対内緒だからな!」
「分かっています!」
「協力っていってもさりげなくだよ!」
「勿論、それは承知の上だ」

相変わらず声を顰めながらも、強い口調で念を押すように言い放つ音也に、心が踊っているのを隠しきれていない友人2人。
音也は、そんな2人を心の底で僅かに心配しながらも、意を決し、今までで1番小さく、消えそうなくらいの声でその想い人の名前を口に出した。

「……星野、だよ」

彼女の名前を聞いた瞬間、2人は納得したように「ほう」と小さく頷いた。
2人がもっと驚くと思っていた音也は、そんな彼らの態度に思わず拍子抜けしたような間抜けな顔を向ける。尚もただ頷いている2人に向けて、「え?驚かないの?」と自ら疑問をぶつけてしまう程だ。
しかし、真斗も那月もそれは普通の顔で2人で顔を見合わせてから、眉を下げてにこりと笑うだけであった。音也は一層深くなる疑問に頭を抱えた。

「え?え?なんで?」
「いや、それは…」
「音也くんってやっぱり莉子ちゃんのこと好きだったんですねぇ」
「え!?やっぱりって何!?」

優しく微笑む真斗の横で那月が笑いながら述べた言葉が、音也の心を掻きむしった。途端、沸き上がる不安要素に先程まで真っ赤だった彼の顔は真っ青になる。もしかして、もしかしなくても、この恋心はバレバレであり、皆分かっていたのだろうか。
そうなれば、1番恥ずかしいのは彼の想い人である彼女自身に自分の気持ちが筒抜けになってしまっていることであった。音也のパートナーの作曲家でもあり、教室で席も隣である彼女自身に、この気持ちがバレていたとしたら、自分はこの先どのように彼女に接していけばいいのだろうか。
その時、くるくると回る音也の表情を見て、那月がクスッと笑みを零した。

「大丈夫です、莉子ちゃんは気付いていませんよ」
「へ?」
「あぁ、俺と四ノ宮はお前との付き合いが深いからなんとなく気が付いてはいたが、他の者は気付かないだろう」
「そ、そっか…よかった…」

音也はほっと胸を撫で下ろした。
そんな彼を見て、真斗と那月は本日何度目かの目配せを通わせ、微笑み合う。
真斗と那月が、音也がもしかして恋煩いをしているのではないだろうかと思い始めたのは、随分前からであったが、それに歯止めが効かなくなったのではと感じ始めたのは、1週間程前からであった。
毎日そわそわと落ち着かなかったり、かと思えばぼーっと上の空であったり。大好きな体育の授業では普段ではありえない失敗ばかりで、昨日は大好物のカレーでさえも少し残して溜息を吐いていた。しかし、顔色は悪くはないし、となればこれは、と密かに推測をしていたのだ。
そして、彼らは音也をじっと遠くからひたすら観察した。そこで気が付いたのは、1人の少女を見つめる時、今まで見たことないような優しい視線を送る音也の瞳であった。
音也は少女をいつも目で追っていた。少女が隣に座ると緊張したようにピンと背筋を伸ばして座り、少女に声を掛けられれば嬉しそうな顔で返事をし、少女が去れば寂しそうな目で再び彼女の背中を目で追った。
真斗と那月は先程こそ、「他の者は気が付かない」と言ったが、音也が彼女に恋心を抱いているというように推測しているのは、もしかすると彼らだけではないのかもしれない。だが、想われている本人が気が付いていないのは一目瞭然であった。だから、真斗も那月もあのような言い方をした。確信出来ないことを言って、音也に余計な不安を煽らないよう心掛ける辺り、彼の思う通りとてもいい友人なのだろう。

「あっ、」

小さな声を上げたのは音也であった。
そして、そんな彼の見つめる先、教室の前の扉から入って来たのは、彼の想い人である星野莉子だ。
莉子は、可愛らしいほんわかとした雰囲気を纏う七海春歌と対照的にキリッと頼り甲斐のあるような大人っぽい雰囲気を醸し出す渋谷友千香と共に楽しそうに笑いながら歩き、友千香は音也の前の席に、春歌は音也の斜め前の席に、そして、莉子は音也の隣の席に腰掛けた。そのまま席に付いてもキャッキャッと女子トークを繰り広げる3人には、音也たちのことは特に目に入っていないようだ。
それでもいつもの如く、先程まで前屈みになり丸くなっていた背中を無意識にピンと伸ばし、行儀良く座り直す音也に、真斗と那月は微笑ましいと笑みを零す。
音也の甘く淡い恋物語は、まだ始まったばかりだ。




恋に思い悩む日々です
(だって少しでも君によく見られたい!)




12/06/27




「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -