久々に足を運んだ1年の教室はなんだか懐かしかった。 教室のドアから顔を覗き込ませ目当ての人物を探しながら見渡した教室内は、思い出が詰まっていた。あぁ、最後はあの席に座っていたっけ。そういえば最後も聖川くんが隣の席だったな。 そんな事を考えていると、目当ての人物はこちらが見付けるよりも早く私たちを見付け出し、尻尾を振りながら駆け寄ってきた。 「莉子!どうしたの?珍しいね……って、何、その男」 正直、音也のその顔はもう見飽きた。 僕らは青春スター 06 「ってことで聖川くんもバンドに入ってもらいたいと思うんだけど、どうかな」 先程までの事の経緯を音也と翔ちゃんに話すと、前者は苦々しい顔を、後者はきょとんとした顔を私たちに見せた。2人とも、よくもまぁ、ここまで顔に出すものだ。対する聖川くんは、少し緊張した面持ちで2人をじっと見つめていた。 聖川くんがバンドに参加したいと言ってくれた際にも思ったが、私は彼が仲間になってくれることに大いに賛成だった。 バンドをするにあたり、例えその活動が学園内に留まろうとも、多少の人気というものは絶対に必要になるであろう。バンドとは自分たちが楽しむのが1番ではあるが、ある程度オーディエンスというものが欲しいということが本音である。ステージに立つことを目標とするなら、尚更だ。 そうなると、バンド初心者の私たち3人には少しキツいものがある。きっちりと満足のいく演奏と歌を歌い、人まで集めるのは正直結構な重荷だ。 だが、彼が入ると違う。 聖川くんは音楽の成績が頗る良い。何度か音楽室でピアノを弾いているのを見たことがあるが、それはとても素晴らしいものであった。聴く者を魅了する演奏を、彼はすることが出来る。 そして、聖川くんの武器は何と言ってもその容姿である。何をしても様になるその綺麗な容姿はきっとこのバンドに入っても素敵に輝くだろう。また、それに伴ってくる彼の人気、及びファン集めはとても凄い。まぁ、彼はそれを全く自覚していないのだが。 しかし、聖川くんをこのバンドに入れたい1番の理由とも言えることは、やはり今の3人ではメンバーが少なく不安だということ。そして、私も同じ学年にメンバーが欲しいからであった。私だけクラスが違うどころか学年まで違うということは、何とも寂しいものだ。 「…莉子がよく話してる奴…」 「…バンドやるって感じはしねぇよな、ちょっと」 相変わらず苦々しい顔をしている音也はボソボソと何かを呟いているし、翔ちゃんは複雑な顔で顎に指をあてながら聖川くんを見定めるように見つめた。 どちらかというと、いや、はっきりと分かるくらい、2人は乗り気ではないようだ。 なんとかして今の状況を打開しなくてはならない。 付き合いは短いが、翔ちゃんは話せば分かる男であると思う。そして、しっかりと説明すれば冷静に判断出来る子であるとも思う。 しかし、音也は違った。彼は納得させるまでに驚くほどの時間を要する男だ。それが、私の男友達の話であるなら尚更だ。 そして、そんな2人を纏めて、且つ迅速に納得させなければならないとなると、その方法はただ1つしかなかった。 「聖川くんは頭もいいし、音楽も凄く出来るし、何より女子からすごい人気なんだよー」 「…星野、お前は俺を買い被りすぎた」 「そんなことないって。聖川くんが入ってくれたらバンドがもっともっと良くなると思うんだけどなー」 それは、彼らの負けず嫌いであろう性格を煽り対抗心を燃やすことであった。 聖川くんを褒めると、音也は不満そうに口をへの字に曲げ、翔ちゃんは眉をぴくりと動かした。聖川くんの褒め言葉は本心であるとはいえ、突然始まった私の演技は白々しく酷いものであったけれど、それを感じさせないくらいに2人は予想通りの反応を見せた。いや、これは想像以上に反応がいい。 「あぁ、でも聖川くんが入ったら2人なんて目立たなくなっちゃうもんね、嫌だよねー」 作中にまんまと引っ掛かってくれ、内心わくわくと躍る心を押さえ込みながら、わざと煽るように言葉を選んで紡ぐ。ちらりと見た2人の表情は面白い程に分かりやすく、気を抜くと笑ってしまいそうであった。 その時、口をへの字に曲げてた音也がキッと私たちを鋭い目付きで見つめてきた。 本当に彼は良く吠える良犬だ。 「いいよ、入って。でも絶対負けないから!それに莉子も渡さない!」 「…?星野を渡さない?」 「俺も、別にメンバーが増えることはいいことだと思うし、賛成だ。でも早々お前を1番にはしねーからな!先輩だからって容赦はしねーぞ!」 状況がよく読み込めていない聖川くんは頭の上に沢山のはてなマークを浮かべながら微かに首を傾げた。 しかし、そんな彼を置いて、音也と翔ちゃんは2人で意気込みながら熱い会話をしている。正直、ここまで釣れるとは思っていなかったので、私自身、少し置いて行かれている気分だ。 「…星野、」 「ん?」 「…本当にこれで加入ということでいいのだろうか…」 「いいの、…多分」 聖川くんの不安そうな声を耳に入れながら、可愛い後輩の溢れる闘争心を燃やしてしまったことに少しの罪悪感が生まれた。 新メンバー加入! (結局は結果オーライってこと)12/05/29 |