私の心は軽やかであった。
今まではなんとなく学校へ行くという作業のようなものを繰り返す毎日であった。しかし、今の私は違った。わくわくと心が弾み、足取りは非常に軽い。
これが、音也の言う青春というものの始まりなのだろうか。



僕らは青春スター 04



最後の授業を終え、纏めて重ねていた教科書やノートを机の中へ押し込んで腕を天井へ向けて思いっきり伸ばした。なんだか気持ちがいい。今日の放課後は音也を誘って彼がやりたいバンドの構造でも聞こうか。
そんな事を考えていると、隣に座っている聖川くんがクスリと微笑んだ。

「今日の星野はなんだか楽しそうだな」
「えへへ、そうかな」
「あぁ、見ている此方が楽しくなるくらいな」

聖川くんが優しい微笑みをくれると、より一層私の心は弾んだ。別に褒められている訳ではないのに、少しだけ照れる。なんだか擽ったい気持ちだ。
その時、私の後ろの席からガタリと音がした。

「一ノ瀬くん帰るの?」
「えぇ、予定がありますので」
「そっか、バイバイ」
「失礼します」

彼、一ノ瀬トキヤは軽く私と聖川くんに会釈をして、黒に近い藍色の髪をサラリと靡かせながら足早に教室から出て行った。
一ノ瀬くんも聖川くん同様、昨年からクラスが一緒な同級生だ。しかし、人とあまり関わろうとしない彼はクラスでも必要最低限しか言葉を発しない。その為、私と彼の関係性も聖川くんよりもずっと薄いものであった。
しかし、彼はとても人気がある人物であった。その端正な顔立ち、クールな振る舞い、少し色気のある声、その上成績はいつも学年トップ。欠点を探せと言われる方が難しい、本当に完璧な人間である彼は学園内でも1位2位を争う人気である。確か、密かにファンクラブがあるということも耳にした気がする。彼が聞いたら不快そうに眉を顰めることしかしないであろうから、その存在は隠れているらしいが。

(まぁ、大々的なファンクラブがあんのは神宮寺先輩だけか)

頭の中に浮かんだ人物。それは、学園内で一ノ瀬くんと同等かそれ以上に人気で有名である人だった。
そのオーラはまるで俳優かモデルの如く、そしていつも周りに女の子を引き連れていて、笑顔を振りまく人。1人でいるところなど見たことがないくらい、先輩は人気者であった。

「星野」
「ん?」
「お客が来てるぞ」

考え込んでいた為、聖川くんに声を掛けられ、やっと気が付く。
聖川くんが視線を向けた先には、開けっ放しの教室のドアの前を行ったり来たりという行為を繰り返したりしている翔くんがいた。

「翔くーん。どうしたのー?」
「あ、あぁ、ちょっと用事があって」
「何?入っておいでよー」
「お、おう」

声を掛けると翔くんは「失礼します」と言いながら、少し入りづらそうに教室の中へ入ってきた。翔くんには、目的があればどこの教室だろうが周りを気にせずに侵入してくる音也とは裏腹に、慣れない上級生の教室には入りづらかったようだ。
彼は真っ直ぐ私の机まで来ると、目の前に立った。そして、また少し口を切りづらそうに目を逸らす。昨日のハキハキとした彼とは大分違った印象だ。

「どうしたの?」
「あー、えーと…」
「うん?」
「昨日、莉子…先輩が…言ってた事なんだけど、いや、ですけど…」

目を逸らしながらほんの僅かに頬を赤らめ、しどろもどろに話す翔くん。昨日はこういう話し方をしていなかったような気がして、1日で彼の態度が急変してしまったことに疑問符しか浮かばない。一体どうしてしまったのであろうか。
私が首を傾げたその時、教室のドアのほうからケラケラとした明るい笑い声が聞こえた。
その聞き覚えのある声に、私と翔くんは反射的にぱっと声の元を向いた。

「…音也、てめぇ…」
「ごめんごめん、遅れちゃった」

翔くんが低い声で話しながら音也の方を睨み付ける。しかし、音也はそんな翔くんの視線も全く気にせず笑いながら私たちの方へ近付く。

「翔さ、今日ずっと悩んでたんだよ。莉子は先輩なのに昨日タメ口聞いちゃったって。今日からどうやって話そうって」
「え?そうなの?気にしなくていいのに」
「俺もそう言ったんだけど、翔考え込んじゃってさ」
「いや、一応先輩だし…」

翔くんの様子が昨日と違いおかしかったのはそのせいだったようだ。やはり彼は音也と違い、案外ナイーブな、というか人に気を使う性格なのかもしれない。
尚も音也は可笑しそうにケタケタと声を上げて笑う。その度に翔くんが不機嫌そうに眉を寄せた。

「本当にいいよ?敬語とかいらないし、名前も呼び捨てでいいし」
「でも…」
「ほら、私たちバンドやる仲間じゃん?だから先輩とか後輩とかいいの。みんな同じで」
「…そっか、じゃあそうさせてもらうな!」

そう言えば、悩みが解決し安心したようにニッと笑みを作る翔くん。その笑顔はなんだか少し可愛らしく感じた。

「じゃあ私も翔くんじゃなくて翔ちゃんって呼ぶね!」
「はぁ!?なんでだよ!?」
「いや、なんか今の可愛い笑顔見てたら翔“くん”じゃなくて翔“ちゃん”っぽいなぁって…」
「“ちゃん”とかいらねーよ!!」

そんな翔ちゃんの大きな声に、私と音也は声を出して笑った。彼はどうやら、根っからのツッコミ気質であるみたいだ。



「で?話ってなんだったの?」
「あぁ。昨日莉子が言ってた事なんだけどさ。ほら、部活やりながら、こっちは仲良しサークルくらいでいいって」
「うん、それがどうしたの?」
「やっぱやるからには全力でやる。半端な気持ちじゃなくて、全力でお前ら2人とバンド組んで、いっぱい演奏したり歌ったりしてぇ」
「翔…」
「だから、俺はどこの部活にも入らねーし、バンド1本で行く。だからお前らも仲良しサークルだなんて言ってねーで本気でやろうぜ」

そうはっきりと言い切った翔ちゃんに、胸が熱くなる感覚を感じた。音也も翔ちゃんの気持ちは聞いていなかったのか、彼の言葉に同じく胸を熱くしているようだ。
そして同時に、私はひしひしと感じていた。このバンドというものを通して、私の高校生活が大きく変わっていく感覚を。この2人と出会い、早くも私の冴えない毎日に、光が差し込んでいくのを。
胸は熱くなるどころか、ぶわっと急激に沸騰したように燃え上がった。そんな感動を抑えきれずに、私は翔ちゃんの手をバッと両手で握る。

「翔ちゃん…かっこいい!!」
「まぁな!王子って呼んでもいいぜ!」
「翔ちゃん王子ー!!」
「だから“ちゃん”は入れんなっつーの!!」

再び起こる笑い声。
どうやらバンド内の親睦は早くも急激に深まったようだ。
そして、これから、
私たちの青春が、始まる。

「よーし!莉子!翔!頑張ろうぜ!」
「うん!」
「おう!」




どうしよう、楽しくなってきた
(嫌だったなんて嘘みたい)




12/05/16




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