昼休みを告げるチャイムが教室内に鳴り響く。と同時に腹の内でぐぅと鳴る腹の虫。 隣の席に座る聖川くんと目が合ったから、とりあえずはははと笑っておいた。彼と目が会ったのは偶然だと思いたい。チャイムが鳴っているのにも関わらずお腹の音が聞こえていたら相当恥ずかしいものだ。 そして、聖川くんが私につられ、微笑みかけてくれた瞬間、教室のドアがバンッと勢い良く開いた。 あぁ、やっぱり今日なんてこなければよかったのに。 僕らは青春スター 03 上級生の教室であるというのに、さも当たり前かのように教室へ入り、私の席へ来る音也。 「莉子莉子!見つけてきた!これで出来るよ!」 そう言って音也がずいっと両手で押すように私のほうへ差し出したのはとても小柄な少年であった。 音也が見付けてくるということ、そしてこの小柄な体型からするに新入生なのだろうが、既に男の子は制服を自己流に着こなしている。ブレザーを羽織らずにシャツの上からパーカーを着たり、ズボンをブーツインしたり、ハットを被ったり、かなりのお洒落上級者さんだ。 「翔ギター弾けるんだって!」 確かに、この子はバンドをやっていそうだ、と思った。 男の子をじっと見つめながら考えていると男の子は腕を組みながら大きなスカイブルーの瞳を細め、溜息を吐いた。あ、爪に黒いマニキュア塗ってる。やっぱりバンドマンか何かなのだろうか。 「いや、俺弾けるとは言ったけど入るなんて言ってねーし」 「え?そうなの?」 男の子の意外な言葉に私は素っ頓狂な声を上げた。 音也が自信満々に来るものだから、てっきりメンバーを見付け、もう私にも逃げ場なないのかもしれないと考えていた。しかし、この事実は私を喜ばせた。だって、彼がやる気がないのなら、バンドをしなくても済むのだから。 「おう、部活ならサッカー部か空手部に…」 「えー!一緒にバンドしようよ!」 「いや、だから…」 「絶対楽しいよ!」 だが、音也も大概の負けず嫌いであった。 いや、この場合、頑固とでも言ったほうが正しいのかもしれない。一度やりたいと思ったことは自分が満足するまでやりきるのがこの男の性格であった。 男の子の話を遮りながら私の席の前で音也が説得する。「やらない」「やろうよ!」の攻防戦は長い間続いた。 「みんなで歌って演奏しようよ!合宿とかもしてさ!それって青春だと思わない?」 「…まぁ、そうだな…」 「だろ?絶対楽しいって!みんなで青春すんの!」 「青春…」 おかしい。どう考えてもおかしい。 先程までは断固拒否の意向を示していた男の子が徐々に音也の口車に乗せられていく。 どうやら「青春」という言葉は魔法の言葉か何からしい。音也が「青春しよう!」と言う度に、男の子の気持ちがぐらぐらと揺れていくのが分かる。どれだけ青春をしたいんだ、なんて思わずツッコミたくもなったが、今ここで口を挟めば2人の攻防戦に巻き込まれてしまいそうなのでやめておくことにした。 「…いや、でも俺は運動部に入って身体を鍛えてぇし」 しかし、男の子の気持ちは、あと一歩という所で落ちなかった。 堅い決心を身体で表現するかのように仁王立ちで腕を組みながらうんうんと頷く男の子。その横では音也が「そんなぁ…」などと情けない声を上げながら頭を抱えながらしゃがみこんでいた。 今日までに一緒にバンドをやる人間を連れてこなかったら私もバンドをやらないという約束。それにひどく捕われている音也には、折角見付けたと思い込んでいた男の子の拒否反応は相当堪えたようだ。 (あぁ…耳と尻尾が垂れ下がって見える…) 頭を抱え込みながら落ち込む音也に、犬の耳と尻尾がしょんぼりと垂れ下がっている幻想が見えた。本当に喜怒哀楽の激しい男だ。 だが、音也がここまで何かに執着するのは珍しかった。 幼い頃から何か無茶なことを提案してくる度に私が止めては1人しょげていた。でも、それも少し時間が経てばけろりとした顔で次の提案をしてくる子であった。そう、なんだかんだ彼は切り替えの早い前向きな男であった。 そんな彼がここまで必死にやりたいと懇願し、況してや見知らぬ人まで巻き込むということは、余程バンドがやりたいのであろう。そして、余程バンドをすることでみんなを楽しませる自信があるのだろう。そうでも無い限り、彼は人を巻き込まない。音也はとても優しい人だった。 (…あー、もう。仕方ないなぁ…) もしかすると、ブラコンは私のほうなのかもしれない。 そんなことは絶対認めたくないことであったが、それでも私は音也の気持ちを、音也の夢である青春という名の高校生活を、後押ししてあげたくなった。 いや、単に、音也の喜ぶ顔が見たかっただけなのかもしれない。私は、音也の笑顔が好きだった。 「ねぇ、翔くん、だっけ?」 「おう」 「バンドって言ってもそんなに活動する訳じゃないし、息抜き程度の仲良しサークルかなんかだと思ってくれればいいよ」 「仲良しサークル…?」 「うん。高校生活を楽しくするための仲間っていうか、そんな感じの。高校時代にしか出来ないことってあると思うし、それをみんなで楽しく出来ればなって」 「仲間、か…」 「翔くんが他の部活に入るなら、翔くんが空いてる時間とかにみんなでお話したり演奏したり。とにかく翔くんの邪魔はしないよ。でもさ、やっぱ仲間とかっていれば高校生活もっと楽しくなると思うな」 2年なのに部活も同好会もサークルも入っていない私が仲間だなんだって言ったところで説得力に欠けるのは分かっていた。 しかし、口を開けば思いの外すらすらと出てくる言葉に私自身が驚いている。今、私の口から出た言葉は、もしかしたら自分自身に言い聞かせていたのかもしれない。 友達と話したり、遊んだり、たまに勉強したり。そんな普通の毎日。繰り返し行われ、過ぎていく日々。一度しかない高校生活、そんなものでいいのかと何度か考えたこともあった。だが、私はこのままでいいのだ、と半ば自己暗示を掛けていた。 なんだか物足りない毎日、いまいち冴えない高校生活。私は、気付かぬうちにそれを変えたいと思っていた。 「莉子…?」 音也が目を見開き驚いたような視線を向けて立ち上がる。 それはそうだろう。先程までやる気のなかった奴が、今は勧誘側に回っているのだから。 「翔くん、一緒にやってみない?」 自分の手で変えられなかった高校生活の幕開けは、音也がやってくれた。私は胸が躍る想いや熱くなる感覚を覚えた。だから、今度は私が誰かにその想いを、感覚を、誰かに伝えたい。共有したい。 いつの間にか私には、音也と同じように根拠のない自信が付いていた。きっとこのバンドは楽しくなり、高校時代のいい思い出になる。絶対、いい仲間と巡り会える。 「……仕方ねーなぁ、そこまで言うならやってやるよ」 少し考え込んだ翔くんは、笑いながら襟足を掻いた。 ぱぁっと明るくなる音也の顔に私の顔までつられて笑顔になるのが分かる。 そういえば、音也の満面の笑顔、最近あんまり見ていなかったな、なんて。 「やったー!バンドやるぞー!」 音也の笑顔に合せ、私と翔くんも満面の笑みを見せた。 バンド結成! (笑顔のチューニングで準備OK!)12/05/10 |