よく分からない音也の発言をそのままに、私は音也を半ば強制的に彼のクラスへと押し戻した。 何故突然彼はそんなことを言い出したのであろうか。と考えたが、そういえば昔から音也は音楽や歌うことが大好きだったな、などと言うことを直ぐに思い出した。 しかし、私には俄然やる気はなかった。高校生活は、友達と話したり遊んだり、たまに勉強したり。そんな普通のものでいいのだ。 僕らは青春スター 02 と、思っていたのだが。 「ねぇねぇ、莉子。考えてくれた?バンドのこと」 終礼のチャイムが鳴り響き、その最後の音が終わるのとほぼ同時に教室のドアが勢い良く開いたと思えば、あっという間にニコニコとした笑顔でお迎えにきた音也に連れ去られ、現在に至る。 音也はリュックのように背負ったスクールバックの中身をカチャカチャと音を立てさせながら、住宅街の路側帯の白線の上を両手を広げバランスを取りつつ歩いている。まるで平均台のようだ。 「うん、考えたよ」 「ほんと!?じゃあ答えは!?」 「やらない」 「えー!」 前を歩いていた音也が振り返りながら大きな声を上げる。くるりとこちらを向いたにも関わらず、未だ白線の上からはみ出していない上に後ろ向きに歩くのだから、妙なところで器用な男だと思う。 そんな彼に関心している間も音也は「なんで?」だとか「やろうよー!」だとか言い続ける。 どうしてそこまでバンドをやりたいのであろうか。音也は昔からサッカーも好きであったし、中学の時同様、サッカー部へ入部すると思っていたのに。 「なんでそんなにやりたいの?」 「んー、だってかっこいいじゃん、バンドって!」 「まぁ、かっこいいとは思うけど」 「だろ?じゃあやろ!」 ごめん、意味が分からない。 そう言うと音也は頬を膨らまし拗ねたような表情を作った。 再びくるりと方向を転換し、歩き出す。と思ったが、音也はくるりくるりと1回転し、学校からずっと歩いていた白線の上から降りて私の隣にやってきた。そして、私の顔を覗き込みながら歩く。 「なんでやってくれないの?」 「なんでって…」 「俺莉子と一緒にいっぱい高校生活の思い出作りたいなぁ…莉子は俺と思い出作りたくない?」 眉を下げ、しゅんと落ち込んだ子犬のような顔をしながら私の顔を上目遣いで覗き込む音也。本当にこの男はあざとい男だと思う。 そんな可愛い表情をされたら、普通の女の子なら胸がキュンとしてころっと落ちてしまいそうだ。そう、音也は中々に可愛いというかかっこいいというか、まさにその中間の顔をしており、一般的に言えば整った顔をしていた。しかし、それを本人は自覚しているか否か、所々でその武器を最大限に使って相手を手の上で転がしてくるので実に困っている。本当に、普通の女の子ならさっきの所で完全に落ちていたと思う。 しかし、生憎私はそんな生温い女ではなかった。過去の彼との経験上、今落ちれば彼の術中に嵌ってしまうということも理解していたので、危うく開きかけた口をぐっと閉じる。こうでもしないと無自覚のまま「いいよ」などと言ってしまいそうだ。 「バンドやらなくても思い出は作れるよ」 「やだやだ、バンドじゃなきゃ俺やだよ」 このままではまた音也にしてやられてしまう。 そう思った私は前に進める足の速度を早めた。すたすたと帰宅の路を進む私に縋り付くように駄々っ子のような口調で喋りながら付いてくる音也。 しかし、目の前にはもう既に自分たちの住むマンションが見える。これで家に入ってしまえば私の勝ちだ。そう考えていた。 急いでマンションのエレベーターに乗り込み、自分の住む階数のボタンを押した。私と音也を乗せたエレベーターはぐんぐんと上に上がっていく。 「ねぇねぇ、莉子ー」 「あーもう、煩い。っていうか2人じゃバンドなんて無理だよ」 だが、私に勝利の2文字を与えるほど、現実は思ったよりも甘くなかったようだ。 私の言葉を聞くなり、音也は綺麗な赤い瞳をキラキラと輝かせて私の顔に自らの顔をずいっと近付けて見つめてきた。近い。息が掛かるのではないかと思うくらいに近い。 「じゃあさ、明日までにメンバー見つけてくればやってくれる?」 「え?」 「よーし!俺やる気出てきた!頑張ろっと!」 「え?え?ちょっと、音也くん?」 「じゃあね、莉子!明日迎えに行くから!」 私たちの住む階にエレベーターが着いた。 ドアが開くなり音也は私にぶんぶんと手を振りながら笑顔でエレベーターを降りていく。 なんとなく明日が怖くて、明日なんかこなければいいと思った。 明日は早く家を出よう (隣に住む彼が迎えに来ないうちに)12/05/09 |