マメパトのようなはハト科の動物は群れる習性があり、一羽が飛び立つと連れて後を追う。群れているマメパトの群れに一歩近付くと一匹が危機を察し大きく翼を広げて羽ばたいていく、それに他のマメパトは我も我もと続いて羽ばたいていくのだ。 人間だって同じようなもの。だから、君もそうなんでしょう? ゼロの確率論 02 窓の外を見ればざあざあと音を立てて雨が降っていた。 視線を空へと上げるとどんよりと曇った分厚い雲。これは当分止みそうにないな、と勝手に了見を起こし再び布団の中に潜った。雨は嫌いだ。まるで自分の心を映し出されているみたいだから。 「また寝るつもり?」 掛け布団をぐいっと持ち上げて、それに顔を埋めた瞬間、頭上から声が降ってきた。声の主は顔を布団から出さずとも分かる。あぁ、どうしてこの男はいつも絶好のタイミングで私の元へ現れるのだろう。 「…年頃の女の子の部屋に何食わぬ顔で入るってどうなの?」 「今更何言ってんの」 腰の辺りが少し沈んで、ギシッとベッドが軋む音がした。カーペットの上に転がるクッションの上は空なのに、どうしてわざわざベッドに座ろうと思うのか。 思えば、私の家でみんなで集まる時、いつも彼は私のベッドへ腰掛けていた。窓際にクッションを置き座るのはチェレン、クローゼットの近くに座るのはベル、ベッドに腰掛けたり寝転がったりするのはトウヤ、そしてベッドを背もたれに座るのは私。 笑いの溢れる私の部屋はとても明るかった、明るくて温かくて、ずっとここにいたいと思っていた。でも、今、この部屋は暗く、重い。 「暇だからみんなで遊ぼうって話になった」 「…で、何で一足先にトウヤは来てるわけ?」 「嬉しいでしょ?」 「別に」 トウヤが体勢を少し動かし重心がずれる度にベッドが鳴く。トウヤはその音を楽しんでいるのか、時折わざと後方に着いた腕に重心を置き音を鳴らしているようにも感じる。 ギシッギシッと鳴くベッドはまるで私たちの絶妙に微妙な関係を取り繕う見えない壁を表しているようだ。もしかしたら、トウヤはその壁を壊そうとしてくれてるのだろうか。まさか、そんなことは私の都合のいい妄想だ。 布団の中に潜り込ませた顔を外に出してトウヤの顔を見る。斜め後ろから見るトウヤの表情の全てを読み取ることは出来ないけれど、私の予想が当たっていれば、今彼はどことなく切なげな表情をしていた。 その表情を見て、なぜだか私の心臓は不安でいっぱいになってバクバクと鳴り出す。ベッドの軋む音も全く気にならないくらいに鳴り響くその音を掻き消そうと伸ばした手はトウヤの腕を無意識に掴んでいた。 「やっぱり嬉しいんじゃん、嘘吐き」 ふっと鼻で笑いながら笑ったトウヤは、身体を捻りもう片方の手で私の腕を反対に掴み、そのまま引っ張り起こした。先日のように軽々と持ち上がってしまう私の身体に、また、お互いの成長と時間の経過を感じてしまう。なんとなくトウヤの顔が見れなくなって、下を俯いてパジャマのズボンをぎゅっと握り締めた。 何もかも、見透かしたような少し冷めた瞳でトウヤは私を見た。トウヤの瞳の中に映った私の表情は今にも泣きそうで、でもそれを映しこんだ彼の瞳もまた、それと同じだった。 でも、彼がそんな表情をするのか私には分からなかった。なんでそんな顔をするの、私はもうそんな顔は見たくないのに、そんな顔させたいって決めたのに、なんで、なんで、なんで。 パジャマを握る手に力が入る。ぐっと無意識に力いっぱいに握った薄い布を通り越して爪が掌にくい込んだ。しかし、ギリギリと痕をつけるくらいにくい込む掌の痛みは、胸にギリギリとくい込んでいく痛みのせいで全く分からなかった。そう、トウヤが私の頭をポンポンと撫でるまでは。 「ほら、早く準備しなよ」 「…うん、」 「15分経ったら家、出るから」 「え?今日うちじゃないの?」 「今日は俺ん家」 さも当たり前のことのように平然とした表情でさらりと呟いてからトウヤは部屋を出て行った。爪の痕で赤くなってしまった掌は、強く握りすぎたせいか、じんじんと熱くなっていた。 15分なんて時間は在って無いようなものである。その短い制限時間内に出来た事は、最低限の身なりを整えることくらいだ。化粧なんてする暇なんて勿論なかったが、幼馴染である彼らの前に出るのに化粧なんていらないであろう。 慌てて部屋の外に出れば、彼は私の部屋のドアの横の壁を背もたれに廊下にしゃがみこみながらライブキャスターを弄っていた。そして私を見上げて立ち上がると、手を伸ばし垂れていた横髪をそっと私の耳にかける。それはトウヤの昔からの少し変な癖であった。 「行こっか」 トントンと階段を下りていく度に跳ねた髪がぴょんぴょんと動く。階段の窓から見た空は、朝と全く変わらず重苦しいほどに暗く、分厚い雲に覆われながら涙を零していた。 ざあざあと絶え間なく降り続く雨にうんざりとした顔をしながら外へ出れば、トウヤが傘を傾けてくれた。トウヤの服の色よりも濃い青色の傘はこのどんよりとした空に良く映え、眩しいとまで感じてしまうほどであった。 その青に目を細めていると、前を向いていたトウヤの目が不思議そうにパチパチと瞬きされた。その見つめる先に目を走らせれば、大きく出来た水溜りで楽しそうに遊ぶ水色の鳥が見える。 「コアルヒーだ」 「ホントだ、珍しいね」 「雨だから嬉しくてこっちまで飛んできちゃったんじゃない?」 「…コアルヒーって飛べるんだ」 「飛行タイプだからな」 「アヒルみたいな子だから進化するまで飛べ無いと思ってた」 ぼそりと呟いた言葉に、今度はトウヤの視線がこちらへ向いた。少しだけ細められた瞳は一瞬悲しげにぐらりと揺れた気がしたが、多分私の勘違いであろう。彼はポーカーファイスが上手い性質であり、こうも簡単に人に心の内を読まれたりすることは無い。況してや、表情に出すなんてことはないのだ。 こちらの視線に気が付いたコアルヒーが慌てて羽を広げてバサバサと音を立てて飛び立つ。余程慌てていたのか、荒々しく飛び立つ際にその水色の羽を落として水溜りに波紋を残していった。 段々遠くなる羽の音。ざあざあと降り続く雨音が大きくなった気がする。 「羽があるなら誰だって空を飛べるよ」 二人で入るには小さな傘の中、トウヤはわざわざ私のほうへと体の向きを変えて、真っ直ぐ見据えながらハッキリとした口調で言った。 羽があるならば飛べる。その原理は全くもって論拠に乏しいものだ。だって、羽があったとしても飛べ無い鳥は数多くいるではないか。 きっと彼としては、飛ぶために一番必要とする羽という素材を持っているのならば、努力次第でいつか飛べるようになると言いたかったのだろう。でも、それはあくまで、いつか、きっと、そんな理想論で過ぎなかった。現実は甘い理想をずっと追い求め続けるほど、明るくはない。 「……飛べ無い鳥だって、沢山いるよ」 そう、飛べ無い鳥は、いつか飛べるかもしれないという甘い理想を見続けるのではなく、甘いポフィンを更に砂糖漬けにしたくらい甘すぎる今という時間が終わらないように毎日毎日祈り続けるのだ。 ゼロの可能性を否定したのは誰か (それが誰か分からないフリ)(本当に私は嘘吐きだ) 「……そんな鳥がいたら、俺が飛ばせてあげる」 絶対に。 そんな言葉を残してトウヤは再び歩き出した。トウヤの傾ける傘から溢れ無いように私も歩き出す。 それでも地面に跳ね返った雨がたった数メートルしかない距離を歩いているだけなのに私の足元をどんどん濡らす。あぁ、サンダルなんて履いてくるんじゃなかった。ヒールで高さがあるとはいえ、足元は気持ちが悪いほどにびしょびしょであった。 やっぱり雨は嫌いだ。 11/05/11 |