親鳥は時に優しく、時に厳しく雛鳥に接する。と幼い頃、家にある図鑑で読んだ事があった。
中々飛び立とうとしない雛鳥の為に、自らの心を鬼にして蹴落とす親鳥。
しかし、幼い私は、愛しの我が子の背中を押す時、彼らはどんなに辛いだろうかという事より、信じる者に裏切られた雛鳥の辛さは計り知れないだろうという事しか考えられなかった。



ゼロの確率論 14



「アーティから話は聞いてるよ。さぁ、入っとくれ」

隣町のシッポウシティのジムリーダー、アロエさんは、博物館に訪れた私を見るなりにこりと明るい笑顔で出迎えてくれた。
軽く挨拶をし、言われるがままに博物館の奥へと通される。館内にある厳重に締められたガラスケースの中には、ポケモンの化石や骨などが綺麗に並べられており、ここが如何に貴重な場所であるかということが知らしめられる。中でも一際目立つ位置にある展示してあるあの骨は、さらに厳重に警備されていた。あの骨は、生前どのような姿をしたポケモンだったのであろうか。

「ここが書庫だよ。アンタなら好きに使っていいからね」
「ありがとうございます」
「それにしてもトレーナーでもないのに勉強熱心なんだね。ドクターになる為の勉強かい?」
「あ…は、はい、ちょっと色々…」
「そっか、じゃあ頑張るんだよ!」

ぽん、と私の肩を軽く叩いてアロエさんは博物館の方へ戻っていった。
私が今日シッポウシティの博物館を訪ねたのは、この大きな書庫に来る為であった。本来ならば、この書庫はジム戦をするトレーナーしか立ち入ることが出来ない。しかし、ポケモンセンターのパソコンを使って調べ物をしていた私を見て、ヒウンシティのジムリーダーであるアーティさんが善意でここを紹介してくれ、アロエさんにも話を付けてくれたのだ。
アーティさんとは、私が働くヒウンシティのポケモンセンターに来た時に話しているうちに徐々に仲良くなった。都会に慣れない私を何かと気にかけてくれる優しいお兄さんのような存在だ。今回の事も、彼がトレーナーではない私がこの書庫に入る事を頼んでくれたおかげであり、本当に感謝をしてもしきれないくらいである。

(今度お礼をしなきゃな…)

クッキーでも焼こうか。そういえば家を出てからお菓子作りなどしていなかったな、などと考えながら書庫に列ねる大きな本棚の間を縫うように移動していく。さすが、イッシュでも名高い書庫と言われているだけあって、書物の多さは他の図書館などとは比べ物にならない程であった。これ程の量があるのだから、きっと目当てのものは見付かつだろう。
そう思いながら綺麗に整頓された本棚の図書ラベルの分類記号表示を頼りに探していると、それは案外早く見付かった。

「とりあえず5年前くらいまで調べてみようかな」

一つの本棚いっぱいに並べられた年号が書かれている書物。その中から茶色の表紙が付いた分厚い本を取り出した。手に取ったのは1年前の物だったので、新品同様の真っ白な綺麗な本であった。
パラパラとそれのページを捲っていると、数ある記事の中から一面に書かれているものではないが、社会面に書かれた写真もない小さな見出しを見付けた。
“盗難被害相次ぐ!またプラズマ団と名乗る集団に!”
再びドクンドクンと速まる鼓動。脳内はフツフツと沸き上がるように熱くなったと思ったら、一気にサァッと血の引くような感覚にも襲われる。自分の脳も、心も、プラズマ団の情報を取り入れる度に思考回路が上手く回らずショートしてしまうようだった。
“私のポケモンを返して!被害者の涙の訴え”“プラズマ団による被害は増えるばかり”“ポケモン虐待に関わる組織”“プラズマ団とは一体…!”“ポケモンを盗む集団に注意!”
1年前の新聞記事にも、2年前の新聞記事にも、3年前、4年前にも、時を遡る程記事の面積は小さくなってしまうが、プラズマ団の記事は掲載されていた。
記事の内容は若干異なってはいるものの、大体は先日ベルに聞いた話と似ていた。人のポケモンを奪い、野性のポケモンに酷い仕打ちをしていたと彼女は言っていて、過去の記事にも同様の文字が書き記してあった。
実際に被害に合うどころか会った事もない組織に対して、他人から聞いた情報を鵜呑みにすることはあまり良くない行為だと自覚していた。しかし、どう考えても、プラズマ団という組織は良い組織ではない。そう確信せざるを得なかった。
プラズマ団の目的はポケモンを人間の手から解放する事だと聞いた。
そして、同じ言葉を彼、Nくんから私は聞いた。
プラズマ団という組織とNくんは関係あるのであろうか。もし、あるとしたらどのような関係であるのか。そして、もし、彼が組織の一員であるというならば、
信じたくはなかった。だって彼はあんなにも優しい人間だ。そんな彼が、世間を惑わし、人からポケモンを奪うプラズマ団の組織の一員であることなど想像したくもなかった。
しかし、私は心の奥底で、どこか勘づいてはいたのだ。彼が、プラズマ団の一員では無かったとしても、全くの無関係ではない事を。

「Nくん…貴方は誰なの…?」

肯定と否定の狭間で揺れる心は、ぎゅうっと締め付けられて、痛かった。



噛み合わない関係
(ズレる論点、貴方と私)
(そして、君と私)





そして同じようにぎゅうっと締め付けられる頭。脳内に木霊する低い音、耳にこびり付いた激しい雨音。

「プラ、ズマ…団…」

その名前を口にした途端、視界は危険信号が点滅し、脳に直接酷く大きい警告音が鳴り響いた、気がした。


12/02/21




「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -