昔からグリーンは私の先を行く人間であったと思う。
それは、レッドと二人でこのマサラタウンを旅立った日から決まっていた事実だし、グリーンがトキワジムのジムリーダーになってからはより一層決定的になったものだ。
幼い頃は強気で生意気で、それでいてシロガネ山を軽く跳び越せるくらい高い高いプライドを持った少年でこそあったが、ジムリーダーに就任した時辺りからぐんと大人になって、落ち着きというものを取得したようだ。
そんなグリーンが、というより昔の強気で生意気でプライドが高いグリーンの頃から大好きで仕方なかった私は度々彼の後を追っていた。
彼が大人になったのか、それとも私が子供のままなのか、彼との差はぐんぐんと広がる。それでも幼馴染である私をちゃんと構ってくれるグリーンのことが大好きで大好きで。寧ろそんなところがグリーンをますます好きになっていってしまう要素だということはきっと本人は気が付いていないだろう。

「リカ」
「んー?」
「もう帰ったら」
「もう少し」
「…今日はグリーン帰らないよ」
「えっ、なんで?」
「……やっぱりグリーンのこと待ってたんだ」

マサラタウンに唯一ある子供の遊び場である小さな公園。ここはグリーンの家の近くにあって、そこからいつもグリーンの帰りを待ちながら一人でブランコに乗るのだ。
ブランコの遊具の境界線を意味するガードパイプにこちらを向くように腰をかけながらレッドは言った。ブランコを使用している時はこの中に入ってはいけないという防護柵の内に足を着いているのだから、ガードパイプの意味は無に等しいただの腰掛になってしまっている。
そんなレッドの問いかけをとぼけるように少し薄暗くなってきた空を見上げながら「あ、一番星だ」と呟けば心なしかレッドが溜息を漏らしたような気がした。

「もう帰りなよ。暗くなってきたし」
「そうやって言って。レッドはまだグリーンのこと待ってるんでしょ」
「うん。話、あるし」
「じゃあ私も待ってる」

再びレッドの口から溜息が聞こえた。今度のは確実に大きな溜息であった。
物心付いた時からずっと一緒にいたグリーンとレッドは、悉く私の恋路を拒んでくれた。グリーンと一緒に話したいのにレッドが呼び止め話し込み、グリーンと一緒に帰りたいのにグリーンはレッドを呼ぶ。もう2人はデキてるんじゃないかと疑うくらいに仲がよかった。
だから私はずっとレッドのことが大好きだけど大嫌いだった。グリーンと一緒にいたいのに、グリーンと話したいのに邪魔するレッドなんて。

「リカは駄目」
「なんで」
「なんでも」

そんなの理不尽だ、と言わんばかりに口をへの字にすれば、帽子のつばを少し持ち上げてレッドが鋭い視線でこちらを見つめてきたので慌てて口を真っ直ぐにする。なぜだか私は昔からレッドには何かと敵わないところがあった。
でもやっぱりレッドは良くて私は駄目というのが悔しくて乗っていたブランコを扱ぐために足で地面を蹴り上げた。キィキィ、と古い金属が擦れる音が公園に響く。
小さい頃はよく3人でここで遊んだっけ。2つしかないブランコを3人で、というより1つは私に、そしてもう1つのブランコをよくグリーンとレッドで取り合っていた。私はいつも笑ってそれを見ているだけ。
いつの日かそれが軽い疎外感を感じるようになったのはもう大分前の話だ。今の頭なら2人が女の子の私を優先してくれたというのが痛いほど良く分かる。子供の頃から2人は優しい子だったのかもしれない。
しかし、2人がマサラタウンに帰ってきた頃からレッドの様子が変わった。そう、先程も言っていたように私がグリーンと話そうとすると拒んだり邪魔をしたりするのだ。まるで、私にグリーンを取られないように邪魔をする子供のように。

「…ずるい」

ボソリと呟いた言葉はキィキィと唸るブランコの金属音に消えていった。
マサラタウンから出て行ってから2人に何かあったのだろうか。もしかして、レッドもグリーンのことを好きになってしまったのだろうか。いや、そんな、まさか。
否定したいはずの言葉が変な気持ちに押し流されて何故か素直に出なかった。だって2人はあんなにも仲がいい。デキてるのではないかと思う程に。
妙な考えを首を思いっきり横に振って外へ飛ばす。これ以上そんなことは考えたくもない。

「リカは、グリーンのことすき?」

ふるふると振って余計な考えが飛んでいった頭にその言葉はひどくすんなりとダイレクトに響いてきて、思わず律動的に地面を蹴っていた足を止めてしまった。ギィ、と重苦しい音を立ててブランコが止まる。

「…何、いきなり」
「すき?」

レッドの言う好きという言葉はまるで子供がそのお菓子すき?というように軽く、それでいて甘ったるかった。あまりにも純粋なその一言は私の脳内で木霊する。すき、すき、すき。

「………うん」
「僕も、グリーンが大好きだよ」

喉から出た肯定の言葉は自分が思っていたよりも小さくて、レッドにちゃんと聞こえたか不安になってしまったが、彼は器用に私の返事を拾ってくれた。そして今度は淡々と述べる、大好き、と。
それはそうだろう。レッドがグリーンのことを好きか嫌いかなんてすぐに分かる。それをなぜ今改めて私に知らしめるのか。
グリーンは幼馴染の中でもどこか大人びているところがあった。上にナナミさんという素敵なお姉さんがいるからだろうか。面倒見がとてもよくて、レッドのことも、私のことも丁寧に扱ってくれて、優しくて。だから、グリーンのことを好きな気持ちは私もレッドもきっと同じだ。

「…でも、大好きだから大嫌いだ」
「……え?」
「大嫌いだよ」
「レッド、何言っ」
「リカが好きなグリーンなんて大嫌い」

きっぱりと、でも抵抗感を全く感じられないくらいにスムーズに出されたそれに驚くほど不快感を感じなかった。
真っ直ぐに私を見てくるレッドの赤い瞳は暗くなってきた夜空に染まっていつもよりもほんのり暗く落ち着いている気がした。赤い瞳の中に揺らめく漆黒と僅かに煌く光は、さっき私が見つけた一番星か否か。

「ねぇ、リカ」

ガードパイプからレッドが腰を上げる。一歩、また一歩と私のほうへゆっくりと足を進める彼の姿はやけにゆらりゆらりと揺れ、まるでレッドの赤く輝く綺麗な瞳と併さっているようだ。
ゆっくりと土を踏みしめて私の元へやってきたレッドの手は宙を浮き、そして錆びついた鎖を両手で握りしめる。再びブランコがギィ、と苦々しい音を立てて鳴いた。

「そろそろ僕のことを見てよ」



音響モダン
(飾らないその音を)
(赤いスピーカーで響かせて)





11/06/01




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