瞬きで大人になる
「く、黒尾くん!あの、いきなりなんだけど…ずっと前から好きでした!彼女いるのは知ってるけど、付き合ってもらえますか!!」
なんで、彼女いる人に付き合ってとか言えるのかな。
おかしいでしょ、普通に。
「あー…、気持ちはまぁありがたいけど…君が言った通り俺、彼女いるから…悪い」
うん、それが最善の答えだね。
正解だと思うよ。
「…そう、だよね……ごめんね、困らせちゃって。でも、ひとつ聞きたいんだけど…」
おいおい、あんた振られたのに図々しいな。
なんなの質問って。
「…黒尾くんの彼女さんって、ふたつ年下の1年生だよね?あの、けっこう子供っぽい子。黒尾君ってどちらかというと同い年の子とかと付き合うイメージあったから、すごくびっくりしたんだけど…なんであの子と付き合ってるの?」
その質問に対する答えをあんまり聞きたくなくて、彼の声が響く前に思い切り耳を塞いだ。
なんで、女ってそんなこと聞きたがるの。
しかも私が一番聞いてほしくないことだよ。
…子供っぽい、なんて。
私が一番わかってることだもん。
――――嗚呼、早く大人になりたいな。
「#名前#、」
「あ、昼休み裏庭っていうベタなところで告白されてたクロ先輩。部活お疲れ様です」
部活が終わる時間になって、普段だったら自主錬とかしてもう少し遅くなるはずなのに、私が待ってるからっていう理由で一緒に帰る日は真っ先に待ち合わせ場所に来てくれるクロ先輩。
今日もそれは例外ではなく、着替えを済ませたクロ先輩は一番に部室から出てきて私のもとへ駆けてきてくれた。
それが嬉しくて僅かに頬を緩ませた私の手に自分の手を絡ませ、歩き始めたクロ先輩は呆れたように溜息を吐く。
「やっぱりあんとき走り去ったの#名前#か…」
「あ、気づいてたんだ」
「そりゃ気づくだろ。誤解されてんなら一応言っとくけど、しっかり断ったからな」
「大丈夫だよ、ちゃんとそこまで聞いてたから」
「まじかよ」
「まじだよ。だから心配しないでね」
「その台詞フツー俺が言うもんだよな。…じゃあさ、」
「うん?」
「なんでそんな不貞腐れたような顔してんだよ」
分かりやすいくらい、私の顔は固まったと思う。
その証拠に、そろりと目線を向けた先のクロ先輩の表情が少し怪訝なものになっていたし。
でもそれを知らんぷりして、また前を向いて歩くペースを速めようとして―腕を引かれて強制的に足を止めることになってしまう。
「…どうしたの」
「俺が聞きてぇんだけどな」
「なにが?」
「だーから、なんでそんな不貞腐れてんだって」
グッと顔をのぞきこまれて、逸らしたくないのに思わず目線を逸らす。
ああもう、なんで慣れないのかな。顔が近付くくらいどうってことないってならないとダメなのに。
少しだけ早まる胸の鼓動を抑えつつ、熱くなる頬を冷やすようにひとつ深呼吸をしてクロ先輩を見つめた。
…うん、やっぱりかっこいい。
変な寝ぐせついてるけど、顔は結構整ってるほうだし。
身長高いし。
バレー部主将だし。
面倒見いいし。
モテる要素満載で、…私よりふたつも年上。
「おーい、#名前#チャン?」
「っ、!」
ぼーっとしていた私により一層顔を近づけたクロ先輩に、今度こそ真っ赤になった。
我慢、してたのに。
そんな私を見てクロ先輩はふはっ、と笑う。
「これで真っ赤になるとか、やっぱ可愛いな」
きっと、クロ先輩は知らないんだろうな。
そういう、子どもに向けるみたいに慈しむような目を向けられることで私が悲しくなることとか。
こうやって、頭を撫でられて本当は嬉しいのにあんまり表情に出さないようにしてるとか。
―――クロ先輩に敬語を使わないのは、年下じゃなくて、ちゃんと同い年と同じように接してほしいから、とか。
付き合ったときからずっとだった。
私から告白して、オーケーしてもらえて、いじめられたりはしなかったけどクロ先輩と同級生の女の先輩からは、子どもみたいな子だねって言われたりして。
たった2才差じゃないかって思われるかもしれないけれど、この間まで中学生だった私と、もう少しで大学生のクロ先輩。
私にとっては、私は子供でクロ先輩は大人。
そう考えちゃってるから、今日もクロ先輩に告白していた女の先輩が言った「けっこう子供っぽい子」っていう言葉がすごく嫌だった。
私とクロ先輩がつりあわないって言ってるみたいだから。
でもこれをクロ先輩に言ったら、きっと彼はまた同じように笑って、可愛いなって言うんだろう。
だから、私は何も言わない。
「#名前#ー不貞腐れてる理由言えよー」
「…不貞腐れてないよ?ただ、」
「ん?」
「―――ちょっと、疲れてるだけかな」
嘘をつくことで、私は少しでも大人に近づこうとする。
嘘で固められた、大人。
そうでもしないと、クロ先輩には追いつけないでしょう?
瞬きで大人になる
ああ、早く大人になりたいな。
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