私の心配をよそに、元服の儀と宴会の準備は着々と進んだ。
私が知らないうちに女中や小姓たちに話が通され、何かを手配する必要もなくただ私は豊臣に仕えている大名や配下たちに招待する書状を送ることに専念できた。
今回は傘下にはいっている者に対する忠誠を確かめるという意味合いも込められているので、書状の文章にもいちいち気を配らなければならない。
普段の仕事と並行してやるので、毎晩夜遅くまでかかってしまう。
心配した小太郎ちゃんが少しずつ進めてくれた跡を朝見つけることも多々あった。
しかし、あまりに忙しすぎる。
「ああーー!!もう無理!!息抜きしたい!」
筆を(書状の山に墨がつかないように気を使いながら)投げ出して、私は机に突っ伏した。
するといつものごとく小太郎ちゃんが天井から姿を現して、なにごとかを紙に書き始める。
それを目の端で眺めていると、小太郎ちゃんはパサリとそれを私に向けた。
《一日業務を引き受ける、着替えて城下に行くといい》
私には遠慮する元気も残されておらず、小太郎ちゃんの手を握ってキラキラと見つめた。
「いいの!?」
こくりと頷いて、小太郎ちゃんは半兵衛さんに話を通してくる、と姿を消した。
そしてすぐさま半兵衛さんが私の部屋に現れる。
「ナマエ!女子らしく着飾って、城下を歩きたいだって!?」
…話が著しく湾曲されている。
しかしそれで張り切った半兵衛さんは、一日休暇を与える!として、新しいきらびやかな着物まで持ってきてくれた。
こうでもしないと休暇を与えてくれないと言うわけでもないだろうに、小太郎ちゃんは手を尽くしすぎている。
この時点でどっと疲れてしまったものの、にこにこと楽しそうに笑いながら私の髪を結う半兵衛さんを見ると、何も言えなくなるのだ。
「出来たよ!鏡を見てごらん」
半兵衛さんに小さい手鏡を手渡され、自分の姿を見てみると普段の何も手入れしていない髪やそのままの肌とは比べ物にならないほど着飾られていた。
「どこぞの姫にも負けて劣らない、さすが僕の娘だよ…」
いつものごとく涙ぐみはじめた半兵衛さんは、突然立ち上がると私の顔があまり見えないように軽く透けた布を綺麗にかぶせてくれ、玄関で待っているようにと言いつけた。
護衛をつけてくれるつもりだろうか。
そんなのいいのに、と思いつつ玄関に立っていると、後ろから聞き慣れた足跡が勢いよく迫ってきた。
「ナマエ様ァアア!!」
な、なんてことしてくれるんだ半兵衛さんは。
「本日はますます麗しい姿をお見せいただき、恐悦至極でございます!身分を隠し、民の姿を見るという崇高なる任務に帯同させていただき、感謝いたします!」
そう言いつつ、三成くんの顔はなんとなく赤い。
「そう聞いてるんだね、それにしても三成くん、どうしてそんなに赤くなってるの?熱でもある?」
おでこに手を当てると、三成くんはすごい勢いで後ずさった。
「あの、その……半兵衛様より、本日は恋人同士のようにぴったりとくっついて離れないようにしろ、との仰せで…」
すごい。娘への過保護管理システム、徹底されてるのかされてないのかわからなさすぎてすごい。
「じゃあ今日は逢引ってことだね」
何気なくそう言うと、三成くんはもっともじもじして
「もったいなきお言葉でございます…」
と縮こまってしまう。
私はそんな三成くんの手を取ると、まごつく三成くんを傍目に城下へと繰り出した。
「見て!三成くん!すごい」
大阪の城下には、様々なものが売られていた。
南蛮のお菓子、綺麗なガラス細工、漆のかんざし……。
三成くんの分まで飴を買ってあげると、三成くんは感激しすぎたようでうっすらと目に涙までためていた。
「ナマエ様、この私にとってこんなに幸せな日はございません…」
繋いだままなんとなくそのままになっていた手に少し力が入っていて、三成くんの可愛さに私も思わず笑みがこぼれる。
小さいと思っていた三成くんも、そろそろ私の背に届きそう…いやまだかもしれないけれど、本当に男の子の成長というのは早いものだ。
「三成くん!あれを見に行こう!」
「お、お待ちください!」
久々の休暇と三成くんとの時間が嬉しくて、私は大道芸人の周りに群がった人々へと駆け寄った。
珍しい芸を披露しているらしく、周りは人でごった返している。
いつのまにか三成くんの手が離れてしまい、見えていたはずの三成くんの銀色の髪が人混みに紛れて消えてしまう。
「み、三成くん…!」
しまった。私から離れて、叱られるのは三成くんなのに。
必死で探すものの、その姿は見えない。
いつしか人混みが散っても、三成くんは見つからなかった。
「何か困りごとか?」
突然かけられた声に振り向くと、そこには三成くんと同じくらいの少年がいた。
「お姫さまのようなのに、供の者もつけずにいると物騒だぞ。はぐれたのか」
彼は体の大きい武士であろう男と一緒だった。どこぞの大名の嫡男だろうか。
「銀色の髪をした男の子と一緒だったのだけれど、はぐれてしまいまして」
「おお、それならば先ほど見かけたぞ。あちらのかんざし屋の方で…」
そう少年が言いかけたところで、遠くからいつもの駆ける音が聞こえた。
「ワシの出る幕はなかったようだな。姫君、あまり一人で出歩かないようにな。大阪は活気がある分、物騒なことも多い」
彼は三成くんが駆けつける前に去って行ってしまった。
「今の男は何やつでございますか!?ナマエ様、お怪我は?!」
今にも泣き出しそうな表情で問いかける三成くんを金平糖を買ってあげてなだめつつ、城への帰り道を行く。
「私がナマエ様を見失ったせいで、ろくに任務の時間を取れず、申し訳ございません…。かくなる上は私の命で…」
思い込んだら一直線の彼の悪いところはここである。
すぐ切腹したがり屋なのだ。
「今日は三成くんと一緒に散歩するのが目的だったのだから、そんなに思い詰めなくていいんだよ。顔を上げなさい」
「ナマエ様、実は、はぐれたのはまことに私のせいなのです。ナマエ様に似合うだろうとこれに目を奪われていたせいで…」
半べその三成くんが差し出したのは、綺麗な花の飾りがついたかんざしだった。
「男であるナマエ様にこのようなものを買うのは無礼なのは承知しておりますが、今日のナマエ様が美しくあられるので、どうしても…」
小姓である三成くんのお給金は、とてもではないが高いとはいえない。
その中でこのような綺麗なかんざしを買うのは、三成くんにとって負担が大きいだろうに。
「三成くん、嬉しいよ。すごく嬉しい。ここに挿してみて」
私が少し腰をかがめて結った髪の境目を指差すと、三成くんは感極まったような表情をしながらそっと割れ物を扱うようにして優しくそこにかんざしを挿した。
「よくお似合いです、ナマエ様…」
呟くようにしてそう言った三成くんの頬を撫でて、私たちは城に戻った。
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