終電 . ・Twitterで流れてきたネタを派生しました ・現パロで大学生 ・一緒に暮らし始める少し前の話 「…文次郎は……酒には弱いようだな…」 「直ぐに顔が赤くなるよね」 吊革に揺られながら、伊作が笑う。隣に立つ長次が、さりげなく伊作に注意を払っているのが頼もしい。 伊作は薬には慣れているからと不審な発言をするだけあって、あれほど強い酒ばかりを人一倍呑んでいたのにけろりとしている。だが酒に酔っていようといなかろうと、彼の引き寄せる不運とは関係がない。 長次はほんのりと頬が赤らんでいるが、仏頂面も手伝ってやはり特段酔っているようには見えなかった。 がたんと大きく車両が傾き、危なっかしく伊作が前のめりになる。 これは予想の範囲内だったのだろう。長次が先読みして腕を掴み、何事もなかったように伊作を元の位置に引っ張り戻した。 「あ、ありがとう。長次」 「大丈夫だ。しかし…文次郎は完全に眠ってしまっているようだな……」 「弱いとわかっているのに、飲み比べするのが悪い」 酒に強い伊作が、からかうように微笑む。偉そうな医者の顔にも似ていた。 「おまえらが煽ったからだろうが。こいつは勝負事になると引かねぇんだよ」 「それは留三郎にも言えることだろう。第一、その勝負の相手をしていたのは、留三郎じゃないか」 「…文次郎がムキになってまで勝とうとするのは……留三郎が相手のときだけだ…」 「それにしても、今日は珍しく飛ばして呑んでいたね。何かいいことでもあったのかな」 伊作の言葉に、留三郎は話題にされている男をちらりと盗み見た。留三郎の肩に頭を乗せて居眠りをする文次郎は、こちらに全体重を委ね、全く反応がない。だらしなく垂れた片腕は、留三郎の太腿の上に無防備に投げ出されている。お得意の算盤を弾いている夢でも見ているのか。ときたま無意識に指先を曲げて、太腿を掻くように撫でてくるのが擽ったい。 終電間際の電車は、同じく酒臭いサラリーマンや学生たちで混雑していた。運よく2人分だけ席が空き、そこまで酔っていないからと伊作と長次に譲られ座った途端、この通り文次郎が寝入ってしまったのだ。 長い付き合いである旧友たちと、全員揃って初めて外で酒を呑んだ。 山羊座生まれである仙蔵が漸く法的に飲酒できるようになった祝いである。ちょうど大学の後期試験の時期と被っていたため、試験の打ち上げも兼ねている。 1人医学部に進学した為かはたまた元来の不運の為か。この日はタイミング良く、なかなか都合の合わない伊作も参加することができ、久しぶりに悪友6名全員が揃うところとなった。 趣味も進路も何もかもが異なるメンバーだが、集まれば何かと話題につきない。彼らの中には学生とは思えない酒豪が混じっていたこともあり、居酒屋を数件梯子し、終電に駆けこんで帰路の今に至る。 仙蔵と小平太の家は逆方向のため、駅で別れた。残った4人で同じ電車に乗っているが、あと数駅で各々別の路線に乗り換えなければならない。 駅名を告げるアナウンスと共に、電車の扉が開く。冬の冷気が人の間を縫って流れ込み、肌を刺激した。反射的にぶるっと身体が震える。 目の前に立つ伊作と長次は、より大げさに身体を縮こませていた。2人には悪いが車内に鬱憤と溜まっていた酒臭さも抜け、少しほっとしなくもない。 「あれ、留三郎はここで乗り換えだろう?」 扉が閉まってから尋ねてくるあたりが伊作らしい。こうやって日頃電車を乗り過ごしているのではと余計な心配まで勘ぐってしまう。 「……降りなくて良かったのか…?」 「今こいつを起こしたら面倒臭ぇから、こいつの駅まで付き合うわ」 「…この電車が終電だが……大丈夫なのか…?」 「今夜はこいつの部屋に邪魔する。この様じゃ、1人で家まで歩けねぇだろ」 「でも2人は、留三郎のところで一緒に暮らしているんじゃなかった?」 「…その方が安上がりだからと……」 「来月からな。大方の荷物は引き払ってしまったが、今月まで部屋は残ってる」 「布団はある?風邪引かないようにね」 「言うに欠いてそれか」 「僕は医者だから。酔っているからと言って、間違っても服着ないで寝るとか馬鹿な真似はしないでくれよ」 「わかった、わかった」 「…伊作、下車駅だ……」 「長次もここだよね?じゃあ、留三郎…と、文次郎。またね」 「…また。近いうちに」 「おう、またな。お疲れさん」 がくんと電車が揺れ、再び扉が開いた。律儀に手を振りながら、伊作と長次が降りて行くのを笑って見送る。案の定、降り口の段差に躓いて伊作がよろけたが、長次がさかさずにフォローしていた。 2人の後ろ姿を置き去りに、すぐに電車は次の駅へと走り出す。 ここまであっという間に感じていたのに、終電特有の早いようで遅い時間の流れは、喋る相手がいなくなった瞬間どっと身に圧し掛かるようだ。 都心から数駅離れ、気付けば電車内の人影もまばらになっている。座席も空席が目立ち始めていた。多くの人びとが賑わいから離れ、思い出したように1人寒さに震えている。凭れかかってくる重みの分だけ、留三郎は暖かい。急に外界から取り残されたような感覚に戸惑ったが、隣にはまだ1番厄介なこいつがいる。 揺れた拍子でずり落ちそうになった頭を直してやりながら、ふと前を見ると、対面のガラス越しに文次郎と目が合った。暗い窓ガラスに映る文次郎は、にやにやと性質の悪い笑みを浮かべている。 「何だよ、起きてんじゃねぇか」 「気付かねぇ、おまえが悪い。長次は気付いていたぞ?」 「この位置でわかるかよ。次の駅で降りるぞ、文次郎。部屋の鍵は持ってるよな?」 「財布に入れっ放しだったはずだ。留三郎……腹減った」 「おい、文次郎。起きたなら頭どけろよ」 「寒いんだよ。ひっついてた方がおまえも温いだろ」 「重いんだよ、おまえ!」 「ギンギンに鍛えているからな」 「しかも酒臭ぇ」 「おまえもだろうが」 「おまえ…まだ酔ってんだろ」 「…しょっぱいもんがいいな。駅の裏のラーメン屋寄ろうぜ」 「更に体重かけてくんなよ。眠いんじゃねぇの?」 「ラーメンは?」 「食う」 纏まりのない会話に留三郎はむっと頬を膨らませる。ぎゅうぎゅうと素直にすり寄ってくる熱い身体が少し憎たらしくなって、仕返しにと敢えて文次郎の肩を優しく引き寄せる。 2人の場合、いつだって先に主導権を握った方が勝ちの勝負なのだ。文次郎が珍しく甘えて迫ってくるときは、上手く避わして押し返せばたちまち形勢は逆転する。 我に返った文次郎が慌てて身体を引き離そうとした瞬間、電車がホームへ滑り込んだ。 電車内で部活帰りらしい可愛い系Aが寡黙系イケメンBの肩に頭を乗せて居眠りしていた。途中駅で友人CがBに「あれ?お前ここで乗り換えだろ」と話しかけるがBは「いや…今こいつを起こしたら可愛そうだから、こいつの駅まで付き合うわ」と言ってずり落ちそうな頭を直してやっていた。 . 戻る TOP |