風邪
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妄想なお題をだしたーより

シャツのボタンを三つあけた状態で力なくベッドに横たわっている潮江



・室町卒業数年後、犬猿同居前提






震える手で玄関の戸を引き、家屋の中へ滑り込んだ。暗い廊下を這うようにして寝床としている部屋まで辿り着く。僅かな手荷物を入れていた風呂敷は、廊下の途中に落としてしまったらしい。気付けば手ぶらになっていた。

泥で汚れるのも構わず、そのまま敷きっぱなしの固い布団の上に倒れる。

文次郎は、そこでひとつ深く息を吐いた。



大人がどうにか2名収まる大きめの敷栲の隅で、力なく四肢を投げ出す。力を抜き安心したのか、続けて吐き気が込み上げてくる。

緩慢な動作で背を丸め、カタカタと小刻みに震えながら、ただきつく目を閉じ耐え抜くことしかできない。


繰り返し呼吸を整え、暗闇の中で重たい瞼を持ち上げた。隈で縁取られた大きい瞳は、今は生理的な涙で湿っている。

掛ける前にきちんと整えておいた寝具は、ひんやりと冷たく心地良かった。


――明かりも点けずに1人横たわることしかできないこの現状に、真上に広がる暗い天井が、一層物寂しく圧し掛かってくる。





体調が悪いことには任務を引き受ける前から勘付いていた。それでも、文次郎が買い物帰りに遭遇した旧友の頼みに二つ返事で応じた理由は、このまま帰宅しても今夜は同居人がいない日だったからに他ならない。

それは留三郎が長期任務で留守にしているから、負けずと意気揚々に出掛けたのとは違う。

彼が家を出て、4日目。頭の隅で、今日も誰もいないとわかっている部屋に戻らなくへはいけないことを、何処か憂鬱に感じたのだ。


心細さに引き摺られるように任務を承り、まんまと悪循環に嵌まりこの様だ。任務自体はたいした内容ではなかった。お偉いさんまで敵対する城に勘付かれる前に、密書を運ぶだけ。幸いにも邪魔する障害も現れず、任務は無事に手紙を配達して終わった。帰りに夏の通り雨にさえ打たれなければ、ここまで弱り果てることもなかっただろう。


身体の不調は、己の気概まで頼りなくさせる。

伊作が見たら、きっと病人である自分を庇う為にそう言うかもしれない。忍びとして医療現場の第一線で活躍する伊作は、喧嘩による怪我は厳しく叱るが病人には比較的甘い。


いくら言い訳を考えても空しく、いい歳してざまあねぇなと文次郎は闇の中で自嘲の笑みを零した。





熱に侵された思考は、必要のないことまでぐるぐると案じさせる。漸く目眩も落ち着いてきたので、腕を持ち上げ、上衣を肩から外し部屋の隅へと放り投げた。

いつも衣服を脱ぎ散らかしたままにすると、どちらかと言えば几帳面な留三郎がそれを咎める。普段と違い自分が脱ぎ散らかしたからといって、今はいちいち嫌みを言ってやっかむ奴もいない。ぐちゃぐちゃに丸まった薄汚い上着を、つまらない気持ちで一瞥する。


力の入らない指で腰紐を緩め、するりと抜き取り同様に投げ捨てる。次いで肌着に手をかけたが、上から3つ程留具を外したところで強烈な眠気に襲われた。覗く肌はじっとりと汗で湿っていて、嫌な感触がする。

ひとまず脱いでしまえば、楽になる。出来れば泥を含んで肌に張り付く下袴も脱いでしまいたい。朦朧とする意識の中で、最後に考えていたのはそんなことだった。







***






長期任務明けの帰り道。運良く同じ方向に向かうに顔見知りの馬借の後ろに乗せてもらえることになった。


既に家畜も寝静まる真夜中。彼としてもこの危険な時間帯にひとり馬を走らせることは心細かったのであろう。獣にしても盗賊にしても、用心棒として留三郎を乗せていることは彼にとっても利点が大きい。

峠の村で一晩泊まっても何ら問題なかったが、帰れるならあの家で寝たい。彼の横で眠ることが習慣付いてしまった今では、柄でもないが枕が変わると寝覚めが悪いのだ。


文次郎と共に暮らすようになって随分と経つが、年月が経つほどに家に戻ることが恋しくなる。これは年齢の所為なのか、忍びが他人と生きる所業なのか。

確かにわかることは、文次郎との生活は喧嘩ばかりだが悪くない。遠慮もなければ飽くこともない。彼と一緒にいるのは心地よかった。


お互いにフリーの忍者として働く2人なので、別行動をしていれば、いつ命懸けの任務となってもおかしくはない。時には複雑な事も考えずにはいられないが、馬の背に揺られ闇夜に目を光らせながらも、己の頬は帰路に待つ男を想い情けなく緩んでいる。それがわかるので、途端難しい考えはどうでもよくなった。




数里越えたところで馬借に一礼し、文次郎と暮らす隠れ小屋の少し手前でおろしてもらう。小屋の方へ目を凝らすが、当然明かりはない。文次郎には今夜も外泊すると告げているので、起さないように静かに帰宅する。


慎重に鍵代わりの仕掛けを開け、廊下を進んだ。忍び足で歩いていると、真夜中の奇行が突如楽しくなってきてしまう。自分の住処で明かりも点けずに、音を殺して滑るように歩く。まるで任務の最中か、あるいは悪戯をしているようだ。忍術学園で生活をしていた頃、退屈な夜は如何に相手に悟られずにお互いの私室に潜り込むかを競っていたことを思い出す。


そろそろと脚を進めていると、足元に硬いものがぶつかった。

障害物を拾い上げると、すぐに文次郎の荷物だとわかる。彼が持ち物や道具の類をぞんざいに扱うなど、あり得ない。埃を払いそれを腕に抱えると、嫌な予感が脳裏に過ぎった。そこからは足音も気にせず、寝室へ急いで駆ける。



寝室としている部屋の襖は、一応丁寧に開けた。

即座に床の上に蹲る黒い影を発見する。微かに聞こえる寝息に、相手が眠っていることを知った。ひとまず呼吸があることに、胸を撫で下ろす。明かりを点けるわけにもいかず、留三郎は窓から覗く月明かりを頼りに男へ近づいていく。


白く淡い光を頼りに改めて布団の上を見れば、乱れた格好で力なく横たわっている文次郎がいた。留三郎の足元には、脱ぎ捨てられた衣服が無造作に散らばっている。布団もかけず眠る文次郎は、よく見ればびっしょりと汗をかき、悩ましげに眉を寄せ唸っていた。

一目で相手の状況が把握できるのは、長年の付き合い故の賜物だろうか。どうやら文次郎は、酒を飲み過ぎたか風邪でも引いているらしい。



留三郎は長々とした大げさな溜め息を洩らしてから、早速行動を開始した。

寝ている文次郎を仰向けにひっくり返し、解きそびれたらしいもう1本の腰紐を抜き取ると、ついでに下袴も脱がせてしまう。重たい身体を抱え、肌着の残りの留具を外せば、文次郎は褌1枚となった。

続いて馬乗りに跨り、井戸から水を汲んで用意した濡れ布巾で汗を拭いてやる。自分が脱がせたとはいえ、苦しげな様子の裸体の文次郎を見降ろしている状況にむらむらしないでもなかったが、疲れていて自分も早く寝たい気持ちの方が強かった。


全身を拭き終えると、最後に汗で湿り汚れた敷き布をずるずると引き抜く。ここまで、文次郎は起きる気配がない。

連日の徹夜による睡眠不足は相変わらずだが、それでも体調管理は忍者の基本だと抜かりはない。今回は珍しく余程具合が悪いらしい。


水を飲ませるか悩んだが、寝入っているところを起すのも気が引ける。もうこれで充分だろうと、睡眠欲に支配されつつあった頭は勝手に満足していた。

留三郎は先程文次郎を脱がせたのと同様の手順で自分も服を脱ぐと、新しい布団を被って二人を包むような格好で、ばたりとその横に倒れ込んだ。




***




眼が覚めて、文次郎は始めに服を脱がなければと思った。

まだ半分も覚醒していない意識の中、腰に手を伸ばすと、なにやら柔らかいものに触れる。腰に巻き付くものを一生懸命剥がそうとしたが、不思議なことに退けようとするほどに、腰の温もりはきつく締めつけてきた。


「何でおまえがいるんだよ……」

うなじでもぞもぞと動く気配が擽ったい。脚先に感じるぬるい体温は、ゆるゆる絡まってきたり擦りついてきたりを繰り返している。小さな声で名前を呼ぶと、留三郎が返事の代わりにぐりぐりと背中に額を押しつけてきた。














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